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さて、今回は神田神社と肩を並べる有名な神社の紹介です。
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御祭神:大山咋神。
相殿:国常立神、伊弉冉神、足仲彦尊。
摂社:日枝神社(中央区日本橋茅場町)。
末社:山王稲荷神社・八坂神社・猿田彦神社。
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慶応4年(明治元年)6月11日以来、日枝神社の称号を用いる事となりますが、古くから「日吉山王社」「日吉山王大権現社」「江戸山王大権現」「麹町山王」ひろく「山王社」と称されており、氏子にとっては「お山」であり、一般には常に「山王さん」の名で親しまれてきました。山王さんとは天台宗の中国の本山の護法神に由来します。
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日枝神社といえば神仏習合のイメージが強いです…個性的な山王鳥居もその表れ。有名な山王祭では天台宗僧侶によって神前で読経が行われます。そもそも「日枝(ひえ)」という言葉が日枝山・比叡山に由来するんです。最澄による比叡山寺(後の延暦寺)の鎮守神でもあったのです。
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手水舎と藤棚。
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神門。
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神門の随神像。
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神門の神猿像。
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寶物殿。
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国宝太刀「則宗」ほか数々の宝物類が展示されています(入場無料)。
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社殿前の神猿像。
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祈願所(山王夢御殿)。
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山王鳥居と狛犬など。
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南神門。
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日枝あかさか(神前結婚式場)、山王茶寮(ご休憩所)、参集殿。
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以下案内板より…
「古事記」に『大山咋神亦の名は山末之大主神、此の神は近淡海国の日枝山に坐す、亦葛野の松尾に坐す鳴鏑に成りませる神也』とある。大山咋神は山・水(咋)を掌り、大地を支配し萬物の成長発展、殖産の隆昌を守護し給う広大なる御神徳を拝し、山王と尊称される。
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江戸山王権現社の始源は古く、鎌倉初期に遡り、秩父重継が江戸貫主を名乗り、その館に山王社を勧請した。次に文明年中(1470~)、太田道灌公が江戸城内の鎮守として、更に天正18年(1590)徳川家康公入府に際し、荒漠たる武蔵野開拓・大江戸鎮護の神として城内に奉祀、歴代の将軍世嗣・諸大名の参詣は絶えず、明暦の大火の後、萬治2年(1659)4代家綱は溜池に臨む景勝の地、星ヶ岡に天下泰平、萬民和楽の大江戸を守護する祈願所として結構善美を尽くした権現造りの社殿を造営した。山王まつりは天下まつり、御用まつりとして盛儀を極めた。大政奉還、東京奠都、明治元年11月(1868)にあたり勅使奉幣の上、准勅祭社に、明治15年官幣中社、大正4年官幣大社に列せられた。
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大東亜戦末期昭和20年5月(1945)江戸権現造りの国宝社殿は被災した。現社殿は昭和33年に復興、次いで神門、廻廊、参集殿を造営、太田道灌公江戸城内鎮斎五百年を記念して宝物殿を新築、「日枝神社史」を発刊した。永田町山王地区の再開発に当神社も地権者として参企し、平成12年に至り祈願所山王夢御殿の新築、境内の整備、山王パークタワービル、新参道橋、参拝用エスカレーター設備、社務所等を建設した。
復興後50年を経た社殿屋根葺替工事を行い、装飾の天井絵掲額は東京芸大の協力で平成20年(2008)に完成される。
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