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修験宗。寺社修験本末支配之記によりますと、川又村(現岩手郡玉山村)の修験西福院の末流。初めは感応山神通寺と称し、享保14年(1729)5月に京都聖護院から三明院の院号を賜ったと伝えます。
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南部家の信仰を得て、祈願につとめますが享保14年4月の大火で堂宇焼失。その後三明院の院号を授与され、宝暦3年(1753)仮本堂を復興して現在に至ります。
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湯殿山と文珠菩薩の額もありました。
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三明院の本尊は普賢延命菩薩。
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その歴史は非常に古く、治承45年(1180)、源頼朝が貞純親王から伝来の金剛宝珠をもって、仏師運慶、鋳師珍華に奉鋳させ護持仏としていたものが、永禄年中(1558-1570)源氏譜代の旧臣平井友政(初代法善坊)により足利の乱を避け、友政の三男友直(2代目法善坊)により元亀元年(1570)に陸奥三戸に辿り着いたそう。寛文2年(1662)に三戸より城下町盛岡の山伏小路に移って尊像も奉遷され、寛文11年(1671)に現在地に至ったとされます。
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盛岡三十三観音第32番札所。
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陸中八十八ヶ所第59番。
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八幡山の土中から現れたという花岡岩の山蔭観世音菩薩。
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北辰妙見大菩薩。
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