
前回の「豊年橋 & 飢渇坂 (弘前市小沢)」の続きです。

飢渇坂を上って更に進んで行きます。

相変わらず平坦な道はありません。

小沢の家並みは蔵作りの立派なものが多いです。



どこか懐かしさを覚える素敵な道。


右手に見える森は廣野神社。次の交差点「アップルロード」を右折すればアップル食堂…


左折すればまるなお食堂や墓地公園があります。

ちいさな床やさんの看板が見えてきました。

謙虚です。

ほんと趣ある素晴らしい家が多い。こういう家に住みたいです。憧れるなぁ。



野元は信政が招いた文化人の野本道元が開いたところらしいです。

何か彫られた石がありましたがよく読み取れませんでした。追分石でしょうか。


近くには稲荷神社があります。


十和田湖温泉ホテルがありました。


弘前だんぶり池の道案内看板。「だんぶり」とは津軽弁で「とんぼ」。

ようやく白蛇神社が見えてきました。


白蛇神社の先が小沢龍神温泉。もう汗だくでございます。さぁ!いざ温泉へ!!

…って完全なる廃墟じゃないかー!!!

ドアには「閉店しました」とありました。

梨の木の古山氏宅地内に小沢温泉が開かれました。これは夢枕に地主の竜神様が現れてお告げを下さり、その通りに掘ったら湧いた温泉と伝え、大木の下の池は十和田様。この霊木の枝は御守として利用されますが、ご祈祷した上で分けないとひどくバチがあたると伝えます。

廃墟の裏手、白蛇神社方面に回ってみました。大きな木が見えます。

ここが伝説の場所なんでしょうね。


神気吹長寿命・美都波能女命とありました。

かつてはもう少し神社っぽかったのかな…隣のこれを見る限り…何か淋しいですねぇ。


この家の北側に白蛇神社があり、久渡寺境内には金蛇八大竜王宮もあり、この地域一体は竜神信仰と深く関係のある地域だとわかります。

近くには堂宇があり護国山と書いていました。

ご存知、為信によって改称された久渡寺の山号です。

弘法大師像があります。

あっ、何やらトロフィーが見えます。


さて、久渡寺は目の前ですが…戻ります(笑)

小沢運動広場です。ナイター施設を備えた野球場1面があり、野球、サッカーなどができます。

創立百周年記念碑がありました。「松の並木路一筋に いざや通わん小澤校」とありました。調べてみたら小沢小学校の校歌の一番の歌詞でした。創立百周年は昭和51年のようです。

また、広場の一角には、すべり台やブランコなどの遊具と東屋を配置した清水地区農村公園も併設。

更に弘前市中心街へと向かう途中に結構大きな歌碑を見つけました。

明治4年5月25日建立で、「あぶないぞ重荷 おろすぞ立退け子」と書かれています。

調べてみたら弘前の俳人、三谷句仏の句碑でした。裏に説明があります。

隣の碑には弘前藩士の川村直良撰と見えます。川村直良(1826-1868)は藩校稽古館学士。難しそうなので読みません(笑)興味ある方は現場へGO!

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