イメージ 2
田舎館駅のすぐ横です。
イメージ 12
御祭神は天照皇大神、譽田別尊。 
イメージ 13
享和3年寺社領分限帳や安政2年神社書上帳に深山権現とみえます。
イメージ 14
イメージ 15
深山権現は草創年不詳(天正(1573-1592)以前と推定)で明治の神仏分離により神明社になったといいます。
イメージ 19
明治6年4月高樋、 十二川原両村の産土神として村社に列します。 
イメージ 3
イメージ 4
イメージ 7
古くより神威の聞こえ高く、往時津軽藩主が社前を騎馬にて乗り過ぎた時、馬が木の根につまづいて落馬し、人々は神威を大変恐れましたが、 藩主は大いに怒り、以後藩庁へは祭神名を変えた届けを出して明治に至るといいます。
イメージ 5
イメージ 6
イメージ 10
神社の入口には紫藤の巨木があり藤林神明と呼ばれてきました。また乳木と呼ばれる欅の古木があり子育ての神木として信仰集めたと伝えられます。
イメージ 8
イメージ 9
高樋村(高日村とも書く)には延宝5年(1677)創建の八幡宮がありましたが、現在は当神明宮に合祀されています。
イメージ 17
イメージ 16
青森県の伝説に次のようなものがありました。
イメージ 18
「田舎館駅のすぐ右手に神明宮があり、境内に繁茂した老木に藤つるがたくさんまつわりついて、昔は藤の森であった。この藤のつるは、境内の森の主、大蜘蛛の巣が変化した蜘蛛の藤であったと伝える。妖怪の蜘蛛を退治してから、藤は自然と少なくなってしまったという。」
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ