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貞昌寺の門外にあり、道を隔てて天徳寺の北に位置。本尊は阿弥陀仏。もと貞昌寺塔頭。
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元亀3年(1572)遠江国佐野郡出身の天良源が建てたと伝えます。また、承応3年(1654)貞昌寺6代住職無角の隠居地として当寺が開かれたとあり、開山を無角としています。
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境内に観音堂と閻魔堂があり、観音堂は開寺当時からのもの。この堂に祀られる聖観音は小沢村の清助が京都の山寺の老僧から託されたもので、これを拝んだ人々が疫病にかからなかったため、観音堂に祀られるようになったといいます。室町時代の頃の作。
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閻魔堂は元遍照寺の右隣にあった貞昌寺末寺白道院が明治5年当寺に合併した際に移したもの。中にはもちろん閻魔様。
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ちなみに白道院は遍照寺の東隣にあった廃寺。二河山と号し浄土宗鎮西名越派。貞昌寺末寺。開山は世誉。開基は浄誉欣求。享和3年(1803)の寺社領分限帳に、貞昌寺念仏堂覚入庵として白道院があります。文化3年(1806)の新製弘前分間総図に当院がみえます。「新撰陸奥国誌」によりますと、寛文3年(1663)土手町大橋(現蓬莱橋)下東の方に庵地を得て堂を建てましたが、場所が悪いため替地を願い同8年遍照寺の東隣に移ったそう。明治時代初期に廃寺となり、閻魔堂が遍照寺に引継がれています。
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