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石神神社の最初に石碑。
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ここからそこそこ距離があります。
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御祭神は上筒男命、中筒男命、底筒男命。住吉三神ですね。
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石神川沿いにあり御神体は高さ6尺、幅4尺の巨石で太陽信仰の遺物、あるいは赤倉鬼を祀るといわれています。
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黒松一本とセン二本が鰺ヶ沢町指定文化財となっています。
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マツは潮風に強いために防風林として植えられることが多く、古来より神社や仏閣には松の大木が多いのです。
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センは本来ハリギリといい桐の代用として建築資材として使われます。
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これらの木は創建当初に植えられたものと推定されています。
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個性的な狛犬さん。
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勧請年月不詳。
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安永、文化、安政年間に再興及び再建。
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明治6年村社に列格。
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猿田彦大神など。
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赤倉大神とありました。
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明治33年月讀尊。
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なんか腰掛椅子みたい…座ったらダメですよ(笑)
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石神神社の近くに餅ノ沢遺跡があります。
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狭い範囲の調査にもかかわらず100点の土偶が出土。十字形の板状土偶が主体で完全なものはなく、どこかが欠けています。これらのほとんどは縄文時代中期から終わり頃のものと推定されていますが、この時期のものとしては県内最多を誇ります。他にもミニチュア土器、土製品、石製品など祭祀に関連する遺物が多いことから何らかの祭祀を行った場所である可能性が高いそうです。
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石棺墓とは扁平な石を箱型に並べ、その上に蓋石をのせた特殊な携帯のお墓です。縄文時代中期~終わり頃(約4000年前)のものと推定される3基の石棺墓が発掘調査の時のままで保存されていました。石棺墓は蓋がされた状態で確認され、内部を調査したところ、第1号石棺墓から副葬品と思われる管玉状の石製品が出土したそう。
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石棺墓から約50m程北西で赤色顔料がびっしり詰まった土器が出土しています。復元すると注ぎ口と把手がついた極めて特殊な土器でした。また、内側に顔料が付着し、外側に人面が表現された土器も出土しました。
縄文時代のお墓には赤色顔料がまかれた例がありますが、餅ノ沢遺跡の石棺墓にもその痕跡があったそうです。
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石神神社の西側からは約30mに及ぶ大型住居跡が検出されました。その大きさは三内丸山遺跡で復元された大型住居に匹敵し、全国でも最大級の部類に属します。直径4~5mの一般的な竪穴住居跡に比べると各段に大きいため、集会所・共同作業所・複合型住居屋など、特別な用途であったと推測されています。
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