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御祭神は伊弉諾神、伊弉册神。
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貞享4年検地水帳に熊野堂がありますが、祭神から常盤神社と思われます。
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明治初年、相殿として下湯口村から遷座した天照皇太神宮と、常盤村から遷座した塞神を合祀。大正の頃までは目屋・相馬街道の分岐点辺りにあったといいます。
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元禄十五壬午暦大行院書上宮帳によれば、悪戸村熊野宮権現、同村大日如来堂、同村新山権現宮三社を合祀。
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雪の影響でしょうか。
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末社のほとんどが今にも崩れそうです。
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でも…大切にされているんでしょうね。
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十和田大神。御祭神は十和田大神・罔象女命・五帝竜神。
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こちらには平成3年の台風19号による被害と修復に関して記してありました。
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弘前市指定有形文化財の青面金剛像庚申塔1基。
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総高122.5cm(竿部94.5cm、台座28cm)、石質は安山岩、形状は柱状。
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『庚申は、60日に一度巡ってくる庚申の日に、その夜を眠らずに過ごして健康・長寿を願う信仰である。これを守庚申または庚申待という。守庚申は平安・鎌倉時代、その夜詩歌管弦して眠らぬ一夜を過ごし、庚申待ちは宗教的儀礼の勤行をしてその夜を過ごすことをいい、礼拝本尊によって仏教・神道の神仏が当てられている。石塔は、前記神仏像・文字や庚申等の文字を刻している。津軽においても盛んに信仰され、1300基余の石塔が確認されている。
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この石塔は、もと目屋街道沿いにあったものを昭和に常盤神社内に移したものである。弘前市内の民間信仰の石塔中最古の紀念名(元禄15年・1702年)を有し、青面金剛の像を刻している。』
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庚申塔が並べられていました。
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二十三夜塔の石がかなり大きいです。
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そしてこの標柱(二十三夜塔 家内安全。水幸火災守大神)。
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消防碑。
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