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金木集落の西部。奥津軽総鎮守金木八幡宮。
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御祭神は誉田別尊ですが、神明宮・愛宕宮・不動宮・惣染堂・稲荷宮の御祭神である天照大神・素盞嗚命・軻遇突智命・倉稲魂命も合祀しています。
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旧郷社。
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祭日は祈年祭4月8日、例祭5月18日、新嘗祭12月1日ですが、安政2年(1855)の神社微細社司由緒調書上帳では4月15日、6月10日、9月15日に神楽奉納とあります。
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建立年代不詳。大永年中(1521-1527)、北畠具永が金木川上流(喜良市別当の林)に鎮座、現在地に合祀し再建。
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天正年間(1573-1591)「津軽藩祖為信怨敵退散之重キ御祈祷被仰付」とあります。
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貞享4年(1687)の検地帳に「八幡社地廿六間 二十間一反七畝十歩 宮建有之 神太夫抱」とあります。
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4代藩主津軽信政・5代信寿の治世に、新田の開発成就祈願を命ぜられ、7代信寧は明和ー安永年中(1764-1781)に「金木組金木飯詰両組守護之為」、近衛公が内侍所で祈祷した御供一箱、公儀神道方吉川源十郎を代参として五穀成就祈祷のため鳴弦行事をした鳴弦祈祷招幸祓災守数通、内外両宮御祓数通、金木飯詰守護として「御田祭扇子一本」を奉納。
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安永3年(1774)金木組24ヵ村の鎮守社に指定。
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喜良市村今平次郎家の御田祭扇御通行先触之写によりますと、例年6月金木・金木新田・飯詰組のうち28ヵ村を通行し、昆虫除災・五穀成就を祈願しています。
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また嘉永7年(1854)には11代藩主順承巡見の際「御参詣被遊候而戒香院(信寧)様之御奉納物御直拝」とあります。
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境内には寺子屋があり、明治5年の学制発布により寺子屋が金木第一尋常小学校となります。
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明治38年に火災にて社殿焼失。
明治41年拝殿再建。
明治42年本殿再建。
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菅江真澄の「外浜奇勝」には寛政8年(1796)6月18日に「金木の里にでて、ここにうつしまつっている八幡宮は由緒ある神社と聞いたので、幣を奉ると、大蔵の松という木が拝殿の軒をおおってたっていた。その由来をたずねると、むかし、この国の守とかの御兄弟で大蔵と申された方が、みずから植えられたものだ、とこたえた。」とありました。
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境内社天満宮。
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御祭神は菅原道真公。
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津軽神楽の案内版がありました。
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色々な歴史の案内看板が街中に建っている金木町。
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本殿の裏手通りからも鳥居を潜って境内に入れるようになっています。
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本殿美しい。
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けど全面ガラス張りのためにちょっと見難いです。
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窓の隙間から(笑)
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