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元和8年(1622)建立。
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津軽信枚(一国一城令により中止されましたが亀ヶ岡城築城の為の開発を行なっていました)が、この地を巡見している際に雷が鳴り響き、菖蒲川村神明宮社司工藤権之太夫に雷鳴を遠ざけるように命じて祈祷させました。
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祈祷の結果、雷鳴を遠ざけることに成功したため、この地に堂社を建立させたと伝えられます。
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寛文8年(1668)焼失。御神体の金像は享保2年(1717)まで弘前の最勝院に預け、後に再建。
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明治初年に館岡村八幡宮に合祀。のち亀ヶ岡村に再祀。
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ちなみに有名な亀ヶ岡遺跡の遮光器土偶などの多くはこの雷電宮の下からたくさん発見されたそうです。
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