
四番寺です。

本尊は十界曼荼羅。日蓮の高弟で駿河国蓮永寺(静岡市)を開いた日持が蝦夷地への布教行脚の途中に開いた法華庵を前身とする伝承がありますが真偽は不明。

宝暦11年(1761)、14世体顕院日等の記した過去帳には、日持が松前渡海の順風待ちをした際に建立した法華庵について「当寺開闢之濫觴」とあり彼を根本開基としています。


しかし実際の寺基確立は慶安3年(1650)京都妙顕寺から布教に訪れた心玄院日住が法華庵を開いたことに始まり、承応元年(1652)に藩から寺地を拝領され、彼を開基初代として現山寺号を称しています。




3世中興詮理院日通の代寛文4年(1664)に寺地を西方1丁程の現在地へ移しました。



元禄14年(1701)に鋳造された梵鐘は宝暦7年(1757)から青森の時鐘となります。天明年間(1781~88)の大火で乱打して壊れ廃鐘、現在のものは文化14年(1817)に再鋳造されたもの。


明治43年の大火で堂宇全焼。本堂は昭和2年に鉄筋コンクリで再建されたもので、第2次世界大戦の戦火を免れたために一時期市役所の仮庁舎としても利用されました。

4つのお寺の中でも一際大きく感じますねぇ。

三十番神・稲荷大名神。






元禄年間(1688~1703)に作られたとされる『法華堂茶釜』という青森市指定有形文化財が保管されているそうです。

胴部に陽刻された法華堂という文字は水戸藩に仕えた中国出身の儒者「朱舜水」の書と言われています。

徳川光圀が愛用し、幕末の水戸藩の儒者「藤田東湖」が拝領しましたが、その後、藤田から蓮華寺の先住「角田堯現」に贈られたそうです。

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