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国誌によれば専修庵とあります。
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文化3年の浄土宗弘前貞昌寺末寺で阿闍羅山と号し、本尊は阿弥陀如来。
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開山は不詳ですが貞昌寺18世金蓮社良紫貞祐とも言われます。
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和徳城主小山内讃岐守佛掛軸を所蔵しており開帳は10~15年ごと。
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また、餓死供養塔二基(餓死供養名号塔、餓死供養題目塔)が弘前市指定有形文化財に指定されています。
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江戸時代、津軽の地は米作りの北限でした。
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津軽は寒冷なためたびたび冷害に見舞われ、特に、元禄・宝暦・天明・天保年間は大飢饉となり多くの餓死者を出しました。
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津軽一円の村々の墓地などには、今でも餓死者の供養塔を見ることができます。
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専修寺付近は、餓死の際に施行小屋を設けたり餓死者を葬った場所に当たり餓死供養塔や庚申塔などの民間信仰碑があります。
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境内には二基の餓死供養塔があります。
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一基は、享保2年(1717)に建立された元禄の飢饉の餓死者を供養するためのもので、和徳町内有志によって建てられ、津軽最古の餓死供養塔です。
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もう一基は、嘉永6年(1853)に建てられ、総高約4mと津軽でも希有な大きさを誇り、岩木町杭止より四十ヶ村約7000人の手で運ばれたものです。
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二つの塔には、日蓮宗の「南無妙法蓮華経」と浄土宗の「南無阿弥陀仏」が刻まれ、宗派や身分を越えた津軽の人々の厚い信仰心を知ることができます。
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う~ん…石も重そうだけど歴史も重いです。それにしても本当に大きい石。
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