竜負山と号し、曹洞宗。本尊は竜負観音。もと長勝寺末寺筆頭。墓所へ直接入れるように入口が2つありますね。
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享禄3年(1530)五本松村(浪岡町)に、長勝寺2代秋澗梵菊を開山として創立。曹洞諸寺院縁起志は創立を同2年としています。開基は浪岡北畠氏七代具永、寺号は具永の法号竜負山京徳祐元大居士にちなむそう。
余談ですが、京徳寺をゲンバと呼ぶのは、昔ここに下馬札が立てられていたからだそう。
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正徳元年(1711)の寺社領分限帳によると慶長年間(1596-1561)に弘前に移ります。天正6年(1578)大浦為信により浪岡北畠氏は滅び、それに伴い京徳寺も衰退。しかし開山が長勝寺2代とのことで弘前に移されて再興。
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寺伝によれば、本尊の竜負観音は浪岡北畠氏の守本尊を江戸時代初期に作り直したもので、旱魃時には雨乞観音として信仰されたと伝えられます。
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現在の本堂は宝暦10年(1760)に建てられ、禅林街33カ寺の中で最も古いものです。
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境内にある十二支堂は、天保10年(1839)東長町の豪商中田嘉兵衛が、六角堂、海蔵寺の薬師堂とともに寄進。十二支堂は熊野信仰(十二所権現)のもので八大尊が祀られ、信者は自分の生まれ年の干支の絵馬を奉納しますが、現在は十二支に含まれない絵馬まで納められて壁面を賑やかにしています。
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北畠公累代の位牌が祀られているのが見ます。
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