「名曲&珈琲ひまわり」

昭和34年の建築以来、外観や内装などがほぼ当時のままです。

もちろん現役ばりばり営業中の人気店。

ほんと素敵なお店です。

「旧東奥義塾外人教師館」

青森県重宝。明治34年建築。青森県初の私学校、東奥義塾の外国人宣教師が昭和45年まで住んでいた家です。

レンガ積みの基礎に建っている木造二階建。昭和62年秋に東奥義塾が石川地区に移転してから翌年弘前市に寄贈され、復元工事の後にリニューアルオープンしました。

『花まぼろしの世に在らば 世も幻の花ならん』今 官一(東奥義塾出身)
津軽藩校稽古館(寛政8年)を前身に明治5年私立学校東奥義塾が開校されました。
「旧弘前市立図書館」

青森県重宝。明治39年3月に斎藤主、堀江佐吉らが東奥義塾高校の敷地内に建て、昭和6年まで弘前市立図書館でした。

八角形の双塔を持つルネッサンス様式で、外壁はしっくい塗りで仕上げられています。

図書館の移転に伴い、それ以降は富野町に移築されて下宿や喫茶店に利用。平成2年に市制施行100周年の記念施設として、現在地に修復・復元されました。

裏通り、本町との間は元大工町。
弘前城築城の際、城内構築のための大工職人を城の近くであるこの地に住まわせて大工町としていました。しかし、城内武家郭外移転により大工職人は現在の西大工町に移り、ここは元禄十三年(1700)には元大工町となり、藩医、町医などが住み、医者の町となっていた時代もありました。

「小野金商店」

昭和3年建築。

窓の縦格子が特徴的な、昭和初期のたたずまいを残している、わら工品点だった建物。


現在は営業していません。

「保村打刃物製作所」

昭和38年建築。旧羽州街道沿い(代官町)にある煙突が特徴的な建物。さびない牛刀包丁などを製作する、津軽打刃物職人の店です。

代官町…藩政時代中期、津軽領内には十八の代官所がありました。

ひとつの代官所には、二人の代官が交代で勤めていました。

これらの代官の住む屋敷がこの通りに在ったことから、代官町と名付けられたところです。

「柴田女子高校」

円形校舎は昭和30年代に多く建てられた円筒形をした校舎のことです。上から見るとドーナツ状で、バームクーヘンを切り分けたような形に教室が配置されています。全国で約100棟ほど建てられたとも言われています。しかし、現在その多くが築50年を経て解体が進んでいます。

4階部分はホールのようになっていますが、現在は物置的になっていて使われていないようです。生徒も不気味で近寄らないとか(笑)…(柴田高校出身生徒談)。
「鳴海商店」

黒石市です。カネ定。黒石って「鳴海」多くないですか?
「盛太酒店」

黒石市。
「銀水食堂」

弘前市新鍛治町。昭和28年に開業。

市民にずっと愛され続けている弘前を代表する食堂…通称「シルバーウォーター」(笑)美味しいです。
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