弘前市城東北の長四郎公園。弘前市民には非常に馴染みのある場所です。

とっても広くて遊具もたくさんあり、休日にもなれば多くの子どもたちが楽しんでいます。長四郎公園の名前の由来ですが…権力を持っていた農業用水の利権者の名でしょうか…はたまた人柱となり堤神と崇められた堤守の名でしょうか…池に落ちた人なのか…不明です。ご存知の方がいたら教えてください。ちなみに7号線沿いガスト裏手(昔のアダム&イブ)辺りに流れている暗渠は長四郎川と言います。待橋の場所。

公園の片隅には異彩を放つ二基の板碑。
外崎の板碑と呼ばれ、元々は高崎堤の東にあったそうです。菅江真澄は寛政9年、外崎村の枝村である寺内村に板碑があると耳にし、福田村にてこれを発見しています。「福村のこなた福田といふ村の田の岸に、おどろ夏草しげりあひたるをかい分れば、正安二年、三年の石そとばの、ふたつまでありける也けり」と記しています。菅江はどんな人の卒塔婆なのかはわからずと記し、その後外崎村の池(長四郎公園)のほとりを通り過ぎた所で、建武の年号のある石碑を見つけて記しています。また、この辺り一帯を昔は津軽野と呼び、現在は田んぼや家があるが「つかの村」と呼ばれていると記しています。

昭和40年代に城東団地の造成にともない移転保存され、現在地には平成20年に移設されたそう。
右の板碑は、建武3年(1336)の紀年銘があり、田町四丁目の熊野奥照神社の板碑と年号や金剛界五仏の種子を月輪で囲むなどの表現が共通し、当時の信仰を知る上でも貴重です。菅江の記録とも一致しますね。つまり右の石碑は元々この付近にあったものでしょう。また左の板碑は、紀年銘はありませんが十四世紀前半の造立と推定され、二重の月輪の中にキリークの梵字を刻んでいます。
右の板碑は、建武3年(1336)の紀年銘があり、田町四丁目の熊野奥照神社の板碑と年号や金剛界五仏の種子を月輪で囲むなどの表現が共通し、当時の信仰を知る上でも貴重です。菅江の記録とも一致しますね。つまり右の石碑は元々この付近にあったものでしょう。また左の板碑は、紀年銘はありませんが十四世紀前半の造立と推定され、二重の月輪の中にキリークの梵字を刻んでいます。

公園中央は深く掘り下げられた雨水貯留池となっています。

かつては潅漑用水の溜池であり、現在はそれを埋め立てて造られた施設を兼ねているのです。

流入水路と放流水路が設けられ、貯蓄部で調整されます。よって雨水貯留池は降雨時は立入禁止となっています。

こちらが貯蓄部の放流施設。昔ながらの勾配をうまく利用した施設です。

長四郎公園の外周、もしくは東西に歩いてみればその勾配に気付くと思います。

古地図の地図記号を見れば城東一帯が荒地・田になっているのがわかります。その真ん中に巨大な長四郎堤がありますね。形も今のままです。古地図を見ると本当に何もない土地ですね。ちなみに城東という名は昭和48年(1973)年以降にかつての外崎村(下小比内村)・和徳村から分離した後のものであることからも新しい名とわかります。

若い頃、境関の友人宅へ自転車で遊びに行った時は周囲が田んぼだらけで目印が無く悩んだものです。田園・福田・早稲田といった住所が物語る通りの町でした。現在は弘前の中でも賑やかな地域。観光客は来ませんが地元住民は集います。

かつての羽州街道方面(松原~土手町~代官町~和徳制札場)の町は羽州街道他、城下町、はたまた第八師団設置としての影響を受け、近年まで繁栄を見せてきましたが、観光地としてはともかく、多くの寺院や洋館といった建物が多く存在し、道が狭く、駐車場も少なくて、現代の地元住民としては決して住みやすい(行きやすい)町とは言えなくなりました。

一方で、駅と国道に挟まれた城東地区の荒地がどんどん宅地となり、国道の向こうの広い農地が、無料駐車場を広く兼ね備えるショッピングセンターや飲食店の建ち並ぶ町と化していったのは必然だったと言えるのかも知れません。

今でも城東地区から線路を越えていく道はどこも渋滞の多い道となっており、車が中心の田舎生活では無駄に距離感を感じるんですよね。


さくら野(笑)

話がそれてしまいましたが、弘前城近郊に観光客が集まる時にこそ、逆にこちら側は穴場になります。特に桜の季節は素晴らしく、岩木山も見渡せますし、花見には絶好の場所。

私が尊敬する「空白」さんもこの日は桜の下でお酒を飲みながら将棋を楽しんでおられました(まさかあの将棋をしている方が空白さんとはつゆ知らずにお顔も拝見致しませんでしたが)。

ポチッとクリック宜しくね♪
https://localeast.blogmura.com/aomori/
https://localeast.blogmura.com/aomori/
コメント
コメント一覧 (4)
さすがでございます。
御朱印ブームは続いてますし、よほど非常識な時間じゃなければ大丈夫かと思いますよ。マスクは忘れずに
yuki
が
しました
でも、お家の呼び鈴を押す勇気が無くて・・・・(*^。^*)テヘヘ
ぁぁ、yukiさんのあの赤いランドセル、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの赤いランドセルですよ。
yuki
が
しました
この記事からもう9年も経っているのですね。
早いものです。
yuki
が
しました