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松尾鉱山 vol.1 & 八幡平」の記事はこちら。
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前回の記事で書きました通り、最先端設備を備えた施設を持った松尾鉱山の都市は「雲上の楽園」「雲上の理想郷」と称されました。
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また、「陸の軍艦島」と呼ばれるほどその廃墟群は巨大。
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下はちょっぴり離れた場所にある独身寮の外観。
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実際私も半日以上かけたのにすべては回れませんでした。
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じっくりと拝見するのならば丸1日でも足りないかも知れません。当時の1つの町が丸ごと廃墟なわけですから当然と言えば当然ですね。
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閉山後は木造の建物は焼却され、鉄筋コンクリートの建物だけが残されました。
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アパート郡(その他施設除く)だけで11棟。焼却された木造建物は82棟あったいうから、いかに巨大だったのかが伺えます。これは廃墟ではなく立派な産業遺産。
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廊下に差し込む光が美しいです。
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隣のアパートへ繋がる階段。
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大浴場へと続く階段。浴槽は意外に小さかったです。
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アパート郡には廃墟美としての美しさが残っていますが、生活学園側は建物は比較的新しいにも係らず完全に荒らされており、あまり趣がありませんでした。ちなみに生活学園という名は松尾鉱山中学校の閉校後に、盛岡生活学園(盛岡大学)の施設として使用されていた時の名称。
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生活学園&体育館は誰かの悪戯でマネキンがよく移動することから、マニアの間ではマネキンの住む学校とも言われています。かつて廃墟マニアを驚かせた通称「赤い部屋」も有名。
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体育館横のグラウンドはラグビー場だったようです。
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あまり生活感の感じるものは写真に収めたくなかったので撮っていませんが、懐かしいものがいっぱい転がっていたりします。まさにアパート。
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こんな所に行って怖くないの!?って思われるかも知れませんが、私が訪れた時は「あっ、どうも~こんにちわ~♪」ってまるで登山道のように見知らぬ人と挨拶を交わすくらい開放的でした。
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但し、コンクリの建物もかなり崩れてきており、屋上にいたってはフニョフニョ。そういった意味でのリアル危険度はありますのでおススメはできません。
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