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東奥義塾高校と大仏公園の間ほどにあります。
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住所でいえば石川の泉ヶ平あたり。
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いきなり話が少しそれますが、乳井神社社殿は三代藩主信義が明暦元年(1655年)に旧毘沙門天堂として建立したもの。
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戦国期にある平賀郡のうち天文年間の津軽郡中名字に平賀郡山辺のうちとして「大仏ヶ鼻」とあります。
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貞応2年の僧栄秀寄進状に「津軽平賀郡乳井郷内福王寺并極楽寺敷地」の四至の1つとして「限東大仏岡横大道」とあります。
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大仏岡が大仏ヶ鼻に転訛したとも考えられますが詳細不明。現在の弘前市石川字大仏付近に比定されます。
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乳井神社からも比較的近いのですがこちらとの関連は不明です。
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「貞享4年検地水帳」に行人の立海坊がおり、正福院抱えの観音堂と毘沙門堂があったとされています。また、中持坊抱えの毘沙門堂が大沢にあります。
近くの堂ヶ平山北側中腹には毘沙門天・不動明王・観音菩薩を祀る堂社があり、弁才天が併祀されていますが、古伝によりますと市応寺という修験の寺であったと言われます。
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毘沙門天は四天王の一人で多聞天の別名。日本では財宝や福徳を与える神様、七福神の一神として信仰を集めました。特に戦勝を祈願する神として武士階級の人々の信仰を強く集めていたそうです。
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境内は小高い丘の上にあります。
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弘南鉄道大鰐線が見えますね。
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近くに行ってみます。
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あまり通りたくないガード下(笑)
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起伏が激しい土地なのか高低差を感じる陸橋です。
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美しいフォルム…
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見方によっては芸術。
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しかし近くで見るとボロボロ…怖いw
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もしかして開通当時から使っていたり…。
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大昔は戦場であろうこの一帯も現在は長閑でいい場所ですねぇ。
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