
羽州街道(旧田代町長坂地区)。

長坂の名の通り、ひたすら長い坂が続きます。

途中に鳥居や農村公園的なものがあります。




この公園へ上る階段がまた急なこと。

詳細はわかりませんが長坂は集落台地全体が館郭だったとか。

集落台地全体が館郭を成し集落の東西西側が長い坂になっているのです。

羽州街道一里塚は往時の通行を偲ばせます。南部藩士小笠原一族が居館とした口伝があります(長坂館)。
長坂一里塚跡。

この一里塚は、土盛りとその頃に植えたと思われるアカマツ(推定樹齢300年)の巨木があり、当時の色彩が色濃く残る秋田県北部の代表的なものです。

羽州街道の塚は、1604年(慶長9年)の幕府命令により、藩主佐竹義宣公が築造を始めましたが、この長坂一里塚の築造年は定かではありません。


田代町(現大館市)町内には主要五街道の起点である江戸日本橋から168里の長坂一里塚と岩瀬一里塚の2ケ所がありますが、塚が現存しているのは長坂だけです。

安政年間の庚申塔とともに旧街道の面影を現代に伝えますね。

途中に早口小学校があり、門にはこのようなものが。

しかし…長いな(笑)

菅江真澄の道の標柱。

急に細い坂となります。





坂を下ると川があり山へと道が続きます。


この付近は長坂坂地。まさに坂たる地名。

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