追手門広場の山車展示館。
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山車は津軽藩四代藩主信政公の時代に、天和2年(1682年)8月15日の弘前八幡宮祭礼の際に各町内会の若者達によって繰り出されたのが始まりとされています。
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弘前市の山車は、京都の祇園祭、大阪の天満宮、江戸の三社祭の影響を受け京都から移入した由緒あるものです。明治15年、八幡宮の祭礼が途中で絶えてから山車も散逸し、現在はかろうじて七ヶ町の山車が保存されているだけです。

道成寺山(鍛治町)
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鍛治町の山車「三條小鍛冶宗近」
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京都や江戸の文化を受けた布袋山(東長町)の山車
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大根山は茂森町の山車で、津軽藩の御用八百屋、荒谷家があり、一切の野菜を納めていたため、藩公から茂森の山車は大根にせよと命令が下されたとも言われています。ふたまた大根は聖天さまを表し、夫婦和合、家内安全、善事成就の神として商人、芸能人、女性たちに信仰されました。
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津軽剛情張大太鼓は長さ4m50cm、直径4mで50人がかりで引く大太鼓です。そもそもねぷたまつりが山車の影響を受けいていると言われていますが、この太鼓はそのねぷたまつりで大型ねぷたの先陣を切って出発し、人々の心と体を揺さぶり郷愁を掻き立てます。
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猩々山は藩政時代、土手町に大酒造家が軒をつらねていたことから用いられたとか。
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見学時間 9:00~18:00
休館日 年末年始
入館料 無料
住所 弘前市下白銀町2-1
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