黒石陣屋の南に独立している蝦夷館(えぞだて)です。
イメージ 1
昔は先住アイヌ民族の居砦であったとも伝えられる古蹟。
イメージ 2
藩境である宇和堰より南にあった蝦夷館はかつて弘前藩領でした。
イメージ 11
蝦夷館の南下の宇和堰(明治30年代と今)。
イメージ 27
イメージ 28
蝦夷館から宇和堰を見下ろす。
イメージ 12
蝦夷館は蝦夷(えみし)が築いたと黒石開闢の地で、天和年間(1681~84)に小阿弥堰をこの南に付け替えることで黒石領に編入。小阿弥堰が黒石神明宮・上ノ坂付近手前で不自然に曲がっているのはこの為でしょうか。
イメージ 7
現在も馬場とは空堀によって完全に隔離されているような地形です。
イメージ 29
草が刈られるとこの通りわかりやすいですね。
イメージ 30
蝦夷館虎口付近から見た空堀と橋。
イメージ 31
橋の上から空堀を。
イメージ 3
築城前にはこの台地付近に稲荷神社が祀られていましたが、黒石陣屋に隣接した現在地に移されています。
イメージ 5
イメージ 6
明治33年の公園整備にて橋が架けられ、桜や松の木などを植栽…桜の季節は特に綺麗です。眺めもとてもいいですしね。
イメージ 13
イメージ 14
イメージ 15
イメージ 16
蝦夷館郭内には秋田雨雀歌碑をはじめ、大正天皇行幸記念碑、鳴海要吉両歌碑など様々な石碑がありますよ。
イメージ 17
特に黒石が生んだ秋田雨雀と鳴海要吉の歌碑は代表作として有名です。
イメージ 18
鳴海要吉歌碑「諦めの旅ではあった磯の先の 白い燈台に目が映してゐた
イメージ 19
イメージ 20
イメージ 21
イメージ 22
秋田雨雀歌碑「みつばちの 巣ばこに われは耳あてて はるかにもきく 春のおとずれ」
イメージ 4
明治30年代の古い土橋
イメージ 10
明治40年
イメージ 23
陸軍特別大演習記念碑(大正5年)
イメージ 24
大正中期の蝦夷館
イメージ 25
昭和10年頃早起会(黒石東門会)
イメージ 26
現在もいい眺めです。ベンチがあってゆっくりできます。
イメージ 8