国吉板碑群(くによしいたびぐん)十二基。
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これらはこの状態で発見されたわけではなく、東目屋地区国吉の田の中に分散、埋没していたものを一箇所に集めたものです。
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鎌倉時代の目屋(目谷郷・目屋郷)に関する文書としては建武二年(1335年)の北畠顕家国宣写文が知られていますが、この板碑群はそれよりもさらに古いもの。
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一連の板碑群は数少ない文書を補足し鎌倉時代以降の目屋の歴史を知る資料として貴重であるばかりではなく碑に刻まれた種字や偈文から津軽地方の宗教史(浄土宗伝播)を知るうえでも重要なもの。
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12基のうち完全碑は6基、金剛界大日如来種子(バン)のみ判明している碑1基、残り5基は無文。完全碑6基はいずれも安山岩で、種子は4基が阿弥陀三尊(キリーク)(阿弥陀如来)(サ)(観世音菩薩)(サク)(勢至菩薩)、二基は(バン)。偈(げ)文が判読できるのは4基で、法華経から3基、涅槃経から1基が引用。
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また4基に、正和5年(1316年)文保元年(1317年)元応3年(1321年)嘉暦4年(1329年)の紀年銘が刻まれています。
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