さて、前回「弘高下の名無坂」の記事で書いた通りには、弘高に行く為のもう一つのルートがかつてありました。
そこは通学するにあたって恐らくどのルートよりも近道だったのです。
前回紹介した公園からも見えるあの鉄橋がそうです。

あの鉄橋を渡ると迂回せずに校舎へすぐ辿り着けるわけです。
近付いてみましょう。

どうも様子がおかしい気がします。
名無坂の途中の踏切側から見てみましょう。

階段も橋も骨組みだけになっていました。
いつからこうなったのでしょう。ちなみに名無坂を上ってグラウンドに入る石段も綺麗になくなっており、今はそっけない門があるのみです。
地図で見るとこの場所です。

昭和56年頃の航空写真で確認してみましょう。

これでしょうか。

鉄橋に向かってみます。

やはり骨組のみ。しかも通行禁止となっていました。通行禁止にしなくても、もはや命掛けじゃないと渡れない状態ですけどね。とても残念です。

コメント