くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

山形県酒田市日吉町。皇大神社前に綿積石(越前の笏谷石)の石段があります。日和山の南端、船場町に降りる処にあるこの古い石段が神明坂です。皇大神社はもと下出町の北にありましたが、享保19年の焼失後に現在地に建てられました。坂の石段は文化14年に本間家4代光道が、市 ...

山形県酒田市南新町。日和山公園。北前船の船乗りたちが出港前に日和を見た場所で、今でも酒田港や最上川河口を一望できます。桜の名所にもなっており、毎年4月中旬にはソメイヨシノなど約400本の桜が咲き誇ります。案内図を見てもわかる通り、公園はかなりの広さです。そし ...

山形県酒田市日吉町。山王鳥居(昭和56年5月吉日建立)。社号標(明治36年3月吉日建之)。『先人ここに街を開き鎮守日吉山王大権現を祀る。以来四百九十年風砂を除き砂嚢を積み松林を経営して境内とす。神佛両殿を祀り山王両宮と称せし時代を経て明治に至り日枝神社と改称県 ...

山形県酒田市南新町。招魂祭殿(酒田招魂社)。社号標「招魂祭殿」(昭和7年11月建立、村山同郷會)。明治時代の古地図では「伊勢御分霊」と記されている場所。志士齋藤元宏君之碑。志士斉藤元宏碑…『斎藤元宏は明治20年(1887)平田町山谷に生まれ、広島幼年学校、陸軍士官 ...

山形県酒田市日吉町。真言宗智山派砂高山海向寺出羽国十三仏霊場第十二番札所(大日如来)。海向寺略縁起…『当山は、宗祖弘法大師の開山と伝えられ、のちに真然上人が胎蔵界大日如来(湯殿山大権現)を本尊として一宇を建立したことに始まります。忠海上人・鉄門海上人代に ...

山形県酒田市日吉町。日枝神社南東にあります。建物は酒田初の鉄筋コンクリート建造物。銅板葺き鉄筋コンクリートブロック社殿造りの近代和風建築で、本館は2階建、書庫は3階建。社殿造りの外観である一方、森山式と呼ばれる鉄筋コンクリート構造を採用した洋式の内装となっ ...

山形県酒田市南新町。現地案内看板及び公式パンフレットだけを元に紹介いたします。門、玄関。便所、供待所、人力車庫。酒田市指定有形文化財(建造物)旧白崎医院附両便所供待所…『大正8年(1919年)に建てられたもので、大正時代の建物では、酒田に残る唯一の木造洋風建築 ...

青森県むつ市大畑町小目名村。大畑川流域の小目名は、寛永年間久慈才助という武士が開拓者であるといい、薬研は山本大内蔵が万治年間に開拓したといわれ、同人郎党の生半左衛門が藩の山守を勤めるかたわら、薬研温泉の湯守も兼ねました。大山祇神社の由来…『【祭神】大山祇 ...

三戸郡五戸町浅水。浅水下通りの人々によって親しまれている浅間神社。権現様と呼ばれています。藩政時代にはここに鎮座しており、宗十郎塚の産土様であったと伝えます。昭和30年代に国道の影響で少し移動しましたが、国道工事の佐川組(十和田市)は拝殿前にあったオンコの ...

青森県上北郡六ヶ所村平沼追舘。熊野近隣公園に隣接。平沼郵便局から国道338号線を北へ向かい最初の信号がある分岐を左(追舘・田面木沼側)へ行くと、右手に参道入口の標柱(上の写真)がございます。田面木沼の北東。標柱には「郷社熊野神社」とありますが、一之鳥居にも「 ...

八戸市十日市長根。十日市村は、階上岳の裾野として北に広がる八戸平原が新井田川に沿って尾根状に延び、八戸の平野部に接する新井田川と松館川に挟まれた丘陵上にあります。新井田と是川をつなぐ県道差波新井田線により、東十日市と西十日市の2つの町内に分かれ、東側の松館 ...

黒石市牡丹平福民。2013年の記事:『りんご史料館(黒石市牡丹平)』青森県立苹果試験場はりんご関係者の強い要望によって昭和6年に全国唯一のりんご専門試験研究機関として、青森県農事試験場から現在地に分離独立して発足。発足に当たり、当時の黒石町はりんご園3.08haと庁 ...

昭和50年10月創業。鍛冶町で46年続いた老舗。締めパフェのお店。10月17日閉店。最後にもう一度と思っていたのですが、閉店を知ってからはコロナ禍をまったく感じさせない超行列にて断念いたしました。よって残念ながら手元にはこんな昔の写真しか残っていません。いつも酔っ ...

大館市大茂内中瘤木台。大茂内は大館盆地の北部。長木川に注ぐ大茂内沢・茂内沢の出口の洪積台地上に位置。大茂内沢の上流山間部を経て鹿角に接します。中心集落は山麓の台地上に発達。集落東方付近から縄文中期の遺物及び須恵器片が出土。四ツ屋地区は天慶3年、平将門一族の ...

秋田県男鹿市脇本脇本七沢。脇本城跡に鎮座。なお、脇本城跡については別記事にしております。『脇本城跡(男鹿市)』鳥居紀年銘「昭和44年10月氏子一同建立」狛犬一対(天保)。案内板「脇本城跡・天神様の細葉の椿」より…『戦国時代に秋田地域を支配していた安東氏の拠点 ...

『脇本城跡(男鹿市)』からの続きです。男山・屋敷跡。本当に広大でどういう順路で進めばいいか悩みますね。とりあえず内館標柱へ。空堀。内館跡標柱。『ここは内館と呼ばれており、館跡内には大土塁・井戸跡・館神堂跡などがある。』・『下方の道路は、脇本城下から船川・ ...

秋田県男鹿市脇本。生鼻崎(脇本七沢)付近。海に突き出た生鼻崎の上、海抜100m前後の丘陵地に広がる中世の城跡。脇本城(国指定史跡)は古くから男鹿半島を掌握する要害の地(創建時期は不明)で、安土桃山時代の天正5年(1577)に、檜山、湊の両安東氏を統一した安東氏の一 ...

秋田県北秋田市綴子往還下。石段を登ります。当神社の由緒等についてはわかりませんでした。鳥居。不明の石。社殿。御祭神は日本武尊・水神。水の守護神を祀っています。秋田県の今木神社といえば、かつて神仏習合神社としてお不動様と呼ばれ、明治の神仏分離令によって今木 ...

平川市岩館長田。道の駅ひろさき臨時駐車場の横、カーサルーン・ビック裏にひっそりとある曽我氏の板碑。以前の記事『卯辰両歳餓死者供養塔 (ヘビ塚) ・ 曽我氏の板碑 (平川市岩館)』以前にも紹介しておりますが、案内板が新しくなっていました。内容はほぼ同じですが平 ...

大館市柄沢大沢尻。柄沢第三貯水池付近。大館市柄沢生活総合センター向かい。参道。柄沢村は元禄7郡絵図までの藩側作成の絵図に図示されていません。享保郡邑記で8軒の村として登載するも享保黒印高帳には見えません。寛政村附帳で親郷大館村の寄郷に位置付けられ、当高109石 ...

令和3年下半期。『弘前駅前の駅前とは思えぬ現状』※平成23年『生まれ変わる弘前駅前』※平成28年『生まれ変わる弘前駅前2』※平成29年『生まれ変わる弘前駅前3』※平成30年『生まれ変わる弘前駅前4』※令和2年『生まれ変わる弘前駅前5』※令和3年上半期『弘前駅 (弘前 ...

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