くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

明徳館は久保田藩第9代藩主佐竹義和が開いた藩校です。 『成章書院は寛政5年(1793)8月3日秋田の御学館(明徳館)の申渡しにより創立され、同日付けで教授に塩谷頼母、大森金吾の2人が、教授見習に5人が任命された。創立当時は郷校と呼ばれていたが、寛政10年(1798)に御 ...

三世寺一帯は、鎌倉時代鼻和郡尻引郷(しりひきごう)で、藤崎安藤氏の領地でした。 そしてこの地には、天台宗三世寺が独立丘陵に館を構えていました。 同寺の大檀那は安藤氏で別当は熊野修験であり、したがって館は修験館です。 神明宮はこの館跡に位置し、境内 ...

弘前市サイクリングロードは弘前市街地から久渡寺付近まで続く自転車専用道路です。中々の距離に感じるかも知れませんが、自転車専用なのでストレスも無く、意外にあっという間に久渡寺付近に着きます。ちなみに写真は東北電力(株)桔梗野変電所です。こういうところにカメラ ...

津軽総鎮守、縣社弘前八幡宮。 鼻和郡八幡村(旧岩木町八幡)に鎮座していたのを津軽藩祖為信が堀越に移し、2代信枚が弘前城築城により、城の鬼門の押えに現在地へ遷しました。 弘前の総鎮守で津軽全郡111名の社司を統括しました。 長い参道で一の鳥居はかなり離 ...

今回は大館市です。 大館市と言えば秋田県になるわけですが、弘前からだと青森市よりも近い感じで気軽に行ける場所ですよね。 大館市は山々に囲まれている山間部で江戸時代には久保田藩の大館城下として栄えた町です。 そんな大館から紹介しますのは「八十萩(やそはぎ)の ...

厳密に言えば吉野町の坂で、山道町方面へと上がる坂ですが、山道町の坂と言った方がしっくりきます。坂そのものよりも、周りの情景や坂上の丁字路が実に趣深い坂道です。 寛文13年の弘前中惣屋敷絵図に土手町から山道とあり、これに由来している地名です。 江戸期は侍町 ...

百沢街道は、岩木山(いわきやま)神社へ参詣する信仰の道。山道なので勾配のある街道です。 遊歩道も整備され、お山参詣に利用されています。 この県道は、各集落の中を通る生活道路だったため、集落内を回避して走れるようバイパスがつくられました。 松並木の植栽 ...

大館市街より北へ15km、国道7号沿いに長走風穴高山植物群落(標高170~240m)があります。 ここの風穴は、国見山から崩落した岩石が堆積してできた累石型風穴で、石の間から冷気が吹き出しています。 真夏に外気温度が30度前後であっても5~6度の冷気が吹き出すため周辺 ...

旧黒石城、黒石陣屋(黒石城)と紹介してきましたが、今回は知る人ぞ知る新黒石城です。 黒石市牡丹平。当時は物凄いライトアップで国道102号線からも一目でわかるほど派手な城だったそう。 津軽家と豊臣家の歴史には深い関わりがあることから、この派手な新黒石城も豊臣の ...

黒石市境松にあります旧黒石城趾。 別名黒石館。有名な黒石陣屋が黒石城と呼ばれている経緯から現在は旧黒石城と呼ばれています。 元弘3(1333)年末から翌建武元(1334)年の大光寺合戦にて「山辺郡二想志郡」「田舎郡上冬居郷」の地を得た工藤右衛門尉貞行が居館として築い ...

弘前の新寺町にあります稲荷神社。新寺町寺院街の袋宮寺の北、北側を寺沢川が東流。北新寺町はかつて同社の境内地。祭神は宇賀魂命、猿田彦神、大宮能売神。旧村社。 津軽一統志によりますと稲荷大明神とあり、別当は浄土宗白狐寺(廃寺)、宝永5年(1708)10月22日4代藩主 ...

明治26年青森県尋常中学校の校舎として、川元重次郎によって建てられました。 木造2階建ての洋館。 明治27年(1894)1月11日落成した旧青森県尋常中学校本館の中央部です。 模型。 明治27年平面図(赤部分が現在の記念館)。 昭和33年(1958)に新管理棟建築のため ...

桜ヶ丘・緑ヶ丘・旭ヶ丘…丘に向かう坂ですから必然的に勾配はあります。 特に由緒や情緒はありません。ただ由緒とまではいかなくても、この坂にはある呼び名が存在します。 弘前南高校の生徒によって呼ばれし「大開スペシャル」「南高スペシャル」。 私が名付けるなら「三 ...

千年公民館・児童館前に立っている大きな一本松。 築城当初、堀越街道は秋田大曲街道と共に津軽の主要街道とされていましたが、貞享元年(1684)に小栗山の松山を千年山と名付け、御仮屋長楽亭等を建設し、八橋の景を造り、また翌年の貞享2年(1685)4代藩主信政公の時に、 ...

八坂神社の参道・昔の大円寺門前へと下る坂道です。 新寺構から南溜池の反対側へと下る坂道でちょうど辻坂と平行します。 新寺町からほぼ直線的な位置にあり、新寺構の最勝院のすぐ横ですし、古地図で確認しても古くから存在していることから、非常に歴史深い坂道です。 ...

竜飛岬です。 天気が良ければ大日本帝国海軍の望楼からはっきりと北海道松前半島が見えます。 石川さゆりの津軽海峡冬景色を聞くことができますが風が強いとほぼ聞こえません(笑) 国道339号は弘前市から外ヶ浜に至る一般国道。東津軽郡外ヶ浜町三厩竜飛の竜飛灯台付近か ...

『新坂 ~ 其之壱』 黒石の新坂です。袋井ー内町と上がって横町へと続く坂道。 坂道って時間を凝縮してくれますよね。新坂の情緒を見ていきましょう。 明治初年の千年橋。 千年橋は明治9年に追子野木村民によって架けられました。長さ60間、幅2間で渡橋賃を徴収。 明治28 ...

黒石の新坂です。袋井ー内町と上がって横町へと続く坂道。 元禄7(1694)年の御国中道程之図と照らしてみますと、陣屋の敷地東側、大手門(現在の市ノ町と内町の交差点)付近へと上がる坂で当時は侍町でした。とは言っても坂自体ができたのは後々の話です。 藩政時代は上 ...

有名な愛宕山橋雲寺より細越竹原方面に坂を下って行ったら村社愛宕神社がありました。正保2年の津軽郡之絵図には細越村が愛宕堂(植田)の麓に描かれており、植田村をも包括した地域であったと思われます。 御祭神は軻遇突智神。創立年月日不詳。古来、 不動尊観音堂の二祠 ...

文化幼稚園の隣にあります。 弘前には昭和2年建築の鉄筋コンクリート建造物「三上ビル(旧弘前無尽社屋)」が貴重な建造物として残っているが、こちらもまた馴染みのある建物かも知れません。 というのも、意識してみれば、高く突き出たその塔は意外に色々な場所から視 ...

弘前市薬師堂日照田に在ります熊澤神社。旧館跡地の一部。御祭神は少彦名命、軻遇槌命、武甕槌命。また、当熊澤神社は水を恵む神であると伝えます。 延暦年間坂上田村麿東征の折、当國に下向、戦不利のため悪鬼降伏のため、祈願勧請。 不思議な感応あり妖鬼退散降伏すと ...

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