くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

東北の霊場と称される青森県の法峠の法峠寺(ほうとうげじ)本院。 昔の法峠寺。 「善男女 素直にかえる ごふの水」 何となく気持ちいい場所です。近くには幻の県道入口もあります。 さて、ここからまた結構上りますよ。 山腹に日蓮大聖人の直弟子「蓮華阿闍 ...

記事は一つにしていますが、法峠寺別院と法領院はいずれも法峠寺本院に行く途中にありますが、道はそれぞれ違い、まったく離れていますので誤解なさらずに。 上十川方面から法峠に上る途中には、法領院、長谷澤神社がありますが、法峠に行くには法峠別院がある高舘側 ...

国道102号線と浅瀬石川が交差する辺りの河川敷。 浅瀬石川灯籠流しのイベント会場となっている場所。 「せせらぎ親水路」には、550mの水路をはじめ、水辺を散策できる園路や芝生広場やベンチ等が整備されています… って水ないし(笑) 親水路には全長約1.2m、重さ約140k ...

以前、石川にあります庄司川幹線水路分水工を紹介しました。 今回は円筒分水ではありませんが、弘前市民にとったらもう少し身近な場所にある分水工です。 場所は弘前城西濠。 西濠分水ゲートです。 この分水地点から左の西濠へ辿ると… サイフォンの原理を利用した西濠分 ...

史跡津軽氏城跡には弘前城跡、堀越城跡、種里城跡があります。そして弘前城跡は弘前城跡、長勝寺構、新寺構から成っています。今回は最勝院五重塔を含む「新寺構」。 弘前城を築いた第二代藩主信牧公が慶長18年(1612年)に城南方に造ったのが南溜池。江戸期より鏡ヶ池とし ...

円筒分水。 こちらは石川にあります庄司川幹線水路分水工です。石川小、マルヨ食堂の通り沿い。 サイフォンの原理等を利用して円筒中心部に水を導き、その水が円筒外縁部を越流する際に公平に分配しています。 同比率で用水が正確に分配され、その分水比が織り成す機能 ...

二代目古坂です。初代は現存しません。 藤田記念庭園の庭木が美しく坂周辺を彩ります。 庭園の手入れが行き届いている分、特に湾曲が美しいです。 坂上には近代建築の担い手である堀江佐吉の子孫が設計・施工した洋館を正面に伺えるのもいいですね。 また現在の ...

弘前市紙漉沢(旧相馬村)にあります吉井酒造岩木川発電所です。 元々は福島酒造。もちろん煉瓦造り。 日本で初めて導入された日本酒の通年醸造を行う設備の動力用としてこの発電所が建設されました。 もちろん立派に稼働中! 以前、旧道だった頃はわかりにくい場所 ...

五所川原市羽野木沢にありますみどり亭。 築120余年の古い日本家屋。 大阿部家旧家です。 「阿部先生へ…福寿…孫文」 家も装飾品も日本庭園も立派です。 太宰の同級生としても知られるあの阿部合成氏も有名ですね。 店主の阿部純司さんに聞けば優しく色々とお教えして ...

弘前市若葉のヒマワリ畑。樹木のTSUTAYAから程近い場所。 「ギャラリー森山」館長の森山豊さんの畑で今年の5月に植えられたもの。 先週、新聞の写真で見た時には当たり一面黄色に輝いていましたが…「お盆までは楽しめます」と書いていましたが…結構元気なくなってた(笑)来 ...

長勝寺は曹洞宗の寺院。山号は太平山で津軽家最初の菩提寺。本尊は釈迦如来。 日光東照宮と並び称される江戸時代初期の代表的建造物。 1528年(享禄元年)大浦盛信が父光信の菩提を弔う為、菊仙梵寿を開山として種里(現在の西津軽郡鰺ヶ沢町種里町)に創建された寺です。 ...

吉井酒造煉瓦倉庫(旧福島酒造)の近く、富田稲荷神社と住吉神社の間にあります赤煉瓦。 早速ですが昭和10年の古地図を見てみましょう。 あの福島藤助の敷地であったことがわかります。 現在は所々が壊されており、住宅や病院等が建ち並びますが、当時は隣の長谷川牛乳店 ...

文明7年(1475年)築城。 本郭、新館など4つの郭で構成された平城。 戦国時代のはじめ、文安4年(1447年)に千徳彦三郎守氏の次男・大三郎貞武(政実)が初めて田舎館に分封され、25年後の文明3年(1471年)に田舎館城が築かれました。その後、2代武光、3代政伊、4代政朝と ...

黒石市六郷地区から青森市の城ケ倉までをつなぐ未舗装の県道です。 今から八百年ほど前には、南部氏が八戸根城に城を構え浪岡北畠氏とみちのく北部平定にあたった頃、当地区の高館城主工藤貞行の娘・加伊寿姫が南部信政に嫁いだ時にもこの道を利用したといわれています。 ...

弘前市の配水池は23箇所(42池)あり、総有効容量は48,209です。 主な配水池としては、常盤坂配水池(二層式12,000:1池)、原ヶ平配水池(4,000:3池)、富士見台配水場(7,000:1池、8,000:1池)で、これら3箇所の合計有効量は39,000と全体の約80%。 こちらは原ヶ平。 ...

弘前市の配水池は23箇所(42池)あり、総有効容量は48,209です。 主な配水池としては、常盤坂配水池(二層式12,000:1池)、原ヶ平配水池(4,000:3池)、富士見台配水場(7,000:1池、8,000:1池)で、これら3箇所の合計有効量は39,000と全体の約80%。 こちらは富士見台。 ...

弘前城内で最大の面積を占める三の丸には、かつて弘前藩の家臣たちの屋敷が建ち並んでいました。現存する追手門と東門のほか、かつては岩木川丘陵に面した西門(西坂門)があったと伝えられています。今回はその西門から下町へ繋ぐ西坂です。 相撲場は今の市民会館。西 ...

午砲台之跡(文京町)の記事でも少し言及した時鐘です。 正確な時を告げるものがなかった昔、お寺で撞く鐘の音が時刻の目安でした。 弘前では1665(寛文5)年4代藩主信政の代から鐘を鳴らすようになりました。初め藩が費用を出していましたが、後に武士・町人・寺社が共同 ...

下白銀町の弘前市民会館は昭和39年5月に完成しました。 設計を手がけたのは日本における近代建築業界をリードした前川國男氏。 2013年に市民会館は大幅な改修・リニューアル工事を行う予定です。よって管理棟は来年4~9月、大ホール棟は同年1~12月の間休館予定。 内装 ...

3つの滝から構成され、上流側に高さ42メートルの第一の滝、その200メートル下流に同37メートルの第二の滝、さらに160メートル下流に同26メートルの第三の滝があります。 白神ライン沿いの西目屋村西部にあるアクアビレッジANMONという観光宿泊施設が観光地点となって ...

本町坂の標柱等は一切ありませんが、今でも本町坂という呼び名は広く浸透しております。昔は徒歩でも息が切れるほどの急勾配で、弘前市内で一番きつい坂道であったと言います。冬には子どもたちのスベリ坂でした。今は無理ですね。自動車が普及して交通が激しくなり、現在の ...

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