くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

文明7年(1475年)築城。 本郭、新館など4つの郭で構成された平城。 戦国時代のはじめ、文安4年(1447年)に千徳彦三郎守氏の次男・大三郎貞武(政実)が初めて田舎館に分封され、25年後の文明3年(1471年)に田舎館城が築かれました。その後、2代武光、3代政伊、4代政朝と ...

黒石市六郷地区から青森市の城ケ倉までをつなぐ未舗装の県道です。 今から八百年ほど前には、南部氏が八戸根城に城を構え浪岡北畠氏とみちのく北部平定にあたった頃、当地区の高館城主工藤貞行の娘・加伊寿姫が南部信政に嫁いだ時にもこの道を利用したといわれています。 ...

弘前市の配水池は23箇所(42池)あり、総有効容量は48,209です。 主な配水池としては、常盤坂配水池(二層式12,000:1池)、原ヶ平配水池(4,000:3池)、富士見台配水場(7,000:1池、8,000:1池)で、これら3箇所の合計有効量は39,000と全体の約80%。 こちらは原ヶ平。 ...

弘前市の配水池は23箇所(42池)あり、総有効容量は48,209です。 主な配水池としては、常盤坂配水池(二層式12,000:1池)、原ヶ平配水池(4,000:3池)、富士見台配水場(7,000:1池、8,000:1池)で、これら3箇所の合計有効量は39,000と全体の約80%。 こちらは富士見台。 ...

弘前城内で最大の面積を占める三の丸には、かつて弘前藩の家臣たちの屋敷が建ち並んでいました。現存する追手門と東門のほか、かつては岩木川丘陵に面した西門(西坂門)があったと伝えられています。今回はその西門から下町へ繋ぐ西坂です。 相撲場は今の市民会館。西 ...

午砲台之跡(文京町)の記事でも少し言及した時鐘です。 正確な時を告げるものがなかった昔、お寺で撞く鐘の音が時刻の目安でした。 弘前では1665(寛文5)年4代藩主信政の代から鐘を鳴らすようになりました。初め藩が費用を出していましたが、後に武士・町人・寺社が共同 ...

下白銀町の弘前市民会館は昭和39年5月に完成しました。 設計を手がけたのは日本における近代建築業界をリードした前川國男氏。 2013年に市民会館は大幅な改修・リニューアル工事を行う予定です。よって管理棟は来年4~9月、大ホール棟は同年1~12月の間休館予定。 内装 ...

3つの滝から構成され、上流側に高さ42メートルの第一の滝、その200メートル下流に同37メートルの第二の滝、さらに160メートル下流に同26メートルの第三の滝があります。 白神ライン沿いの西目屋村西部にあるアクアビレッジANMONという観光宿泊施設が観光地点となって ...

本町坂の標柱等は一切ありませんが、今でも本町坂という呼び名は広く浸透しております。昔は徒歩でも息が切れるほどの急勾配で、弘前市内で一番きつい坂道であったと言います。冬には子どもたちのスベリ坂でした。今は無理ですね。自動車が普及して交通が激しくなり、現在の ...

白い岩肌が神秘的な白岩森林公園は、四季折々に自然が織り成すコントラストが美しく、 5月下旬には「白岩まつり」で賑わいます。付近には、フィールドアスレチックの設備があり、キャンプもできますよ。 車ならば弘前から意外に近いですし、キャンプはもちろん、ちょっとし ...

追手門広場の旧東奥義塾外人教師館隣。 明治から大正期の弘前を代表する建物が約10分の1のミニチュア模型となって展示されています。 1979(昭和54)年に「旧弘前市役所」を製作したのを皮切りに18棟製作され、城北公園・交通広場に展示されていました。風雨にさらされ傷み ...

「しちょうへい」と言います。 場所は旧清水村。現在の弘前市清水3丁目。 タムロン弘前工場の敷地とその周辺です。石碑はこのタムロンの看板のほぼ真裏にあります。 敷地内は関係者以外立入禁止ですが、入口付近のこの石碑をちょっと見るくらいは大丈夫でしょう。 ...

【桂清水】 堂ヶ平山(標高480.9メートル)の麓。大沢集落から約3キほど山奥。山頂を目指して舗装もされていない細い林道を進みますと堂ヶ平桂清水があります。 この辺は修験の地として古い歴史を持つ地です。鎌倉時代初期に勢力を誇った熊野系が福王寺を建ててから修験の ...

田舎館村の田んぼアートが見ごろです。 年々レベル上げる田んぼアート。 平成田舎館城(田舎館役場)から見下ろすと素敵なアートが見れます。 これは下から見た今年のアート。 載せてしまうのもつまらないのであえて下から(笑) 見たい方は足を運んでください♪ 現代の米 ...

国指定名勝「盛美園(せいびえん)」 平川市猿賀石林1-1 開園期間4/15~11/15(期間中は無休) 4~8月は8:30~18:00 9~11月は8:30~17:00 関連記事『清藤氏書院庭園 ・ 盛美神社』 清藤家24代の清藤盛美(せいとうもりよし)が小幡亭樹宗匠を招き明治35年より9年を費や ...

津軽富士岩木山が一望できる猿賀公園は、盛美園、清藤氏書院庭園と猿賀神社を結ぶ緑いっぱいの公園。 遊歩道を歩くと30坪の庭園が並ぶ見本庭園やイチイ・ドウダンツツジなどでできた生け垣迷路、山水や滝流れの純和風の庭園、噴水広場などがあります。 春は見晴ヶ池と鏡 ...

十二湖の青池です。 沸壺の池も有名ですがやはり十二の池の中でも断トツの知名度ですね。 それなのに私のPCは絶対に「青い毛」と変換します。 この青池は現代科学でも解明することができないそう。九寨溝というのをご存知の方はいますでしょうか?あちらは解明されているん ...

元寺町にあります山の手(山ノ手、山の手センター)。 「銀座」、「新宿」にも負けぬ実に華々しい名前じゃありませんか。中は所謂「山の手」の地形を思わせる構造なんでしょうか。 この山の手センターは日本基督教団弘前教会の向かいから、キャッスルホテル裏口付近まで繋が ...

常盤坂を下って最初の信号を左折した悪戸の坂道。 坂上には津軽ふるさと館があり、農道を進むと青樹町、金属町付近へと繋がります。 農道ながらも小沢方面から岩木川沿いの弘前西バイパスまで抜ける裏道としてとても便利です。 この坂は勾配や情緒といったことではなく… ...

平川市や五所川原市などには大きなドーム型スタジアムがありますが、弘前には無いと思っている方が多いと思います。 もちろん弘前にもそれらに負けないビッグスタジアムが御座います。 古くは袋の宮があったと言われし狐森(三ツ森)の高台に堂々とそびえ立つ弘前スタジアム ...

南袋町から城西大橋を潜り、天満宮の横を通りながら常源寺がある台地へ上がる坂道。 禅林街から下ってみましょう。まずは禅林街から天満宮へ。 天満宮手前の細道から下りです。 ほぼ直角な湾曲。 左側は墓所です。 右側は天満宮への崖地。昔は坂の途中にみがき砂を ...

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