くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

寛政4年の地震で隆起したと伝えられる海岸段丘面。物珍しがった津軽藩の殿様が、そこに千畳畳を敷かせ大宴会を開いたとされることからこの名が残ります。藩政時代には殿様専用の避暑地で庶民は近付くことが許されなかったといいます。。千畳敷の平らな部分の岩は明白緑色、付 ...

青森県八戸市尻内町根岸山添。江戸期に見える尻内村は三戸郡のうち。はじめ盛岡藩領。寛文5年からは八戸藩領。長苗代通に属します。村高は「正保郷村帳」222石余(田193石余・畑29石余)、「貞享高辻帳」222石余、「元禄10年高帳」616石余(田540石余・畑75石余)、「天保郷 ...

上長地区の浅水川の右岸丘陵地、八戸市大字豊崎町字上永福寺に鎮座。江戸時代には別当寺であった普賢院と永福寺集落が所在する南の丘陵地。古くは七崎観音、観音堂と称しました。豊崎地区で最も古い神社とされ、旧郷社でした。古くは七崎観音、観音堂と称しました。大きな切 ...

青森県八戸市豊崎町上永福寺。馬淵川の支流浅水川右岸の河岸段丘上。永福寺集落の西端。真言宗宝照山普賢院。御本尊愛染明王。弘法大師。修行法師。「為弘嘉法師霊位成三菩提也三界萬霊成三菩提也」建立碑…『修行法師建立にあたって、当山代々先師霊位、檀信徒諸霊位、檀信 ...

秋田県鹿角市十和田大湯宮野平。黒又山。黒又山(クロマンタ) 山頂に鎮座。由緒書きや調査結果などが数々ありますが、主にクロマンタピラミッド説に関わるものが多いです。入口付近には庚申塔、下部に三猿が彫られている碑、奉修蛇王大権現碑(昭和58年11月6日・願主柳沢悦 ...

秋田県鹿角市十和田大湯狐崎。大湯古館の境くらいに鎮座。ちょっと悩ましいのが鳥居の額束の「木」の字の一部が消えており、「下」にも見えるということ。近くに本宮神社があるので下ノ宮神社なのかなって思いましたが。なお、裏側には「平成29年3月吉日風張自治会」とありま ...

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯。下から見た薬師神社。下の湯共同浴場前から上ります。途中に相馬大作壮図の碑(別記事)があります。標柱「薬師神社参道入口」より…『下ノ湯は文明年間(1469-87)すでに共同浴場があり、また、幕末には、南部公専用の御留風呂が建っていた。 ...

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯。下の湯共同浴場前。大湯温泉下ノ湯舎は相馬大作が津軽公襲撃の謀議をした場所。昭和12年に大湯郷土研究会の手により鹿倉城の麓に義挙を讃える記念碑が建立されました。大湯鹿倉城搦手口登口、大湯温泉薬師神社参道入口です。徒歩2分。標柱より ...

秋田県鹿角市十和田大湯古舘。鹿角四十二館の1つ。築城年不明。12kmほど南方には南部藩の防衛前線基地である花輪城があります。天正17年、大館城を陥した功により初代城主大光寺光愛が入っていました。天正19年(1591)、九戸政実の乱にて大湯四朗左衛門昌次(武蔵七党横山党 ...

秋田県鹿角市十和田大湯。ちなみに向かいに「大湯のお社」という神社が鎮座しています(参道入口は県道66号線沿い)。大湯稲荷神社については由緒等を調べておりません。大湯城址及び大湯新城稲荷神社に関連するものかも不明。小祠です。棟札が2枚見え、1枚は稲荷神社の棟札 ...

『大湯城跡(大湯新城稲荷等)』からの続きです。新城・館っこを通り、きよさんの清姫神社へ。入口の鳥居は小祠に対して反対側になります。標柱には特に何も説明がありません。小祠前の鳥居。清姫神社。長慶天皇の御子である寛光親王(※行岳山西光院(青森市浪岡北中野天王 ...

『大湯城跡(大湯新城・鹿角市)』からの続きです。写真では森の中を散策しているように思えるかも知れませんが…実際にそうなんですが…案内板や標柱が多いので、方向音痴の私でも比較的分かりやすい城跡でした。本丸付近の土塁。大手門跡。大湯城大手門跡…『登り口に「枡 ...

秋田県鹿角市十和田大湯和町。大湯城跡。大湯村についてですが、鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年の九戸へ一味仕り、生捕られ、九戸と一処に三迫にて切腹。治 ...

秋田県鹿角市十和田大湯。大湯城址の上館坂と下館坂の間に鎮座。かつての大湯村。戦国期に見える村名。陸奥国鹿角郡のうち。鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年 ...

秋田県鹿角市十和田大湯。秋田県鹿角市大湯温泉にある名刹、普門山大圓寺。御本尊は摩訶迦葉尊者、釋迦牟尼仏、阿難尊者。かつての大湯村。戦国期には見える村名で、鹿角由来記には「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦 ...

社号標(皇太子殿下東北行啓紀念、明治41年10月16日)。御神木が伐採されていました。二之鳥居。手水舎。御祭神は天照皇大神。創建不詳。当社神職系図(安政2年8月書上表控)から見て天正以前であることは明らかです。古くは深山大権現と称しており、また、境内に巨木茂り、 ...

秋田市大町3丁目。俵屋火事(明治19年)の後、那波家が敷地内に建設した神社。御祭神は一般的には火之迦具土大神。手水舎。ステンドグラスが施された覆屋の中に織部灯籠があります。江戸時代の武将・茶人である古田織部(古田重然)好みの灯籠ということで「織部」の名が着せ ...

『小田八幡宮(八戸市)』からの続きです。小田八幡宮の境内は広大な面積を持ち、数多くの樹木が育成しています。なかでもイチョウは推定樹齢700年、胸高直径約1.6m。本殿覆屋。本殿は一間社流造、銅板葺、外壁は真壁造り板張り。神楽殿。絵馬掛所。休憩所。ってことでちょっ ...

青森県八戸市小田1丁目。内舟渡から県道八戸野辺地線を三沢方面に向かうと環状道路との交差点になり、そこの突き当たりに鎮座。高館の地(八戸市河原木高館)は平泉の御所高館の地形によく似ていることから高館御所と呼ばれ、この付近に小田八幡宮もありますが、八戸に上陸し ...

西津軽郡鰺ヶ沢町南浮田町。県道31号沿いに鎮座。鎮座地が少し移動して参拝しやすくなっていました。社号標(大正9年8月17日南浮田村中)。南浮田は鳴沢川下流左岸に位置し、南部には岩木山北麓に続く丘陵地が広がります。集落は河岸平野と丘陵地の境に東西に細長く発達。浮 ...

青森県八戸市根城大久保。鳥居扁額には「北龍山」。狛犬一対(昭和18年3月・発起人坂萬藏、西澤権太)。台座「武運長久」。狐一対(昭和9年旧2月10日)。狐と石灯籠が交互に二対。二之鳥居。参道。自然に囲まれ…ちょっとした山に登るような感じ。参道は綺麗に整備されていま ...

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