くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

『大湯城跡(大湯新城稲荷等)』からの続きです。新城・館っこを通り、きよさんの清姫神社へ。入口の鳥居は小祠に対して反対側になります。標柱には特に何も説明がありません。小祠前の鳥居。清姫神社。長慶天皇の御子である寛光親王(※行岳山西光院(青森市浪岡北中野天王 ...

『大湯城跡(大湯新城・鹿角市)』からの続きです。写真では森の中を散策しているように思えるかも知れませんが…実際にそうなんですが…案内板や標柱が多いので、方向音痴の私でも比較的分かりやすい城跡でした。本丸付近の土塁。大手門跡。大湯城大手門跡…『登り口に「枡 ...

秋田県鹿角市十和田大湯和町。大湯城跡。大湯村についてですが、鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年の九戸へ一味仕り、生捕られ、九戸と一処に三迫にて切腹。治 ...

秋田県鹿角市十和田大湯。大湯城址の上館坂と下館坂の間に鎮座。かつての大湯村。戦国期に見える村名。陸奥国鹿角郡のうち。鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年 ...

秋田県鹿角市十和田大湯。秋田県鹿角市大湯温泉にある名刹、普門山大圓寺。御本尊は摩訶迦葉尊者、釋迦牟尼仏、阿難尊者。かつての大湯村。戦国期には見える村名で、鹿角由来記には「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦 ...

社号標(皇太子殿下東北行啓紀念、明治41年10月16日)。御神木が伐採されていました。二之鳥居。手水舎。御祭神は天照皇大神。創建不詳。当社神職系図(安政2年8月書上表控)から見て天正以前であることは明らかです。古くは深山大権現と称しており、また、境内に巨木茂り、 ...

秋田市大町3丁目。俵屋火事(明治19年)の後、那波家が敷地内に建設した神社。御祭神は一般的には火之迦具土大神。手水舎。ステンドグラスが施された覆屋の中に織部灯籠があります。江戸時代の武将・茶人である古田織部(古田重然)好みの灯籠ということで「織部」の名が着せ ...

『小田八幡宮(八戸市)』からの続きです。小田八幡宮の境内は広大な面積を持ち、数多くの樹木が育成しています。なかでもイチョウは推定樹齢700年、胸高直径約1.6m。本殿覆屋。本殿は一間社流造、銅板葺、外壁は真壁造り板張り。神楽殿。絵馬掛所。休憩所。ってことでちょっ ...

青森県八戸市小田1丁目。内舟渡から県道八戸野辺地線を三沢方面に向かうと環状道路との交差点になり、そこの突き当たりに鎮座。高館の地(八戸市河原木高館)は平泉の御所高館の地形によく似ていることから高館御所と呼ばれ、この付近に小田八幡宮もありますが、八戸に上陸し ...

西津軽郡鰺ヶ沢町南浮田町。県道31号沿いに鎮座。鎮座地が少し移動して参拝しやすくなっていました。社号標(大正9年8月17日南浮田村中)。南浮田は鳴沢川下流左岸に位置し、南部には岩木山北麓に続く丘陵地が広がります。集落は河岸平野と丘陵地の境に東西に細長く発達。浮 ...

青森県八戸市根城大久保。鳥居扁額には「北龍山」。狛犬一対(昭和18年3月・発起人坂萬藏、西澤権太)。台座「武運長久」。狐一対(昭和9年旧2月10日)。狐と石灯籠が交互に二対。二之鳥居。参道。自然に囲まれ…ちょっとした山に登るような感じ。参道は綺麗に整備されていま ...

秋田県大館市比内前田前田袋。御祭神は大山津見命、大名持神、少彦名神、天照皇大神、保食神、建御名方神、猿田彦神、誉田別命。明治43年に境外社10社を合併しています。一之鳥居の横にあるもう一つの鳥居が境外社に係る合祀神社です。合祀神社内の御神馬。合祀神社内の庚申 ...

社号標には神明社とあります。秋田県大館市比内町笹館字伊勢堂。十二所所預の管轄下に置かれ、文化年間以降大館給人の給地も当村内に設定。正保国絵図では502石、元禄7郡絵図では503石余と図示。この間も新田開発が進み、享保黒印高帳では村高1,017石余、当高892石余、寛政村 ...

秋田県大館市比内町笹館字伊勢堂。桂清水神社・神明社のすぐ近くにもう一社桂清水神社があります。桂清水神社から見た「桂清水神社・神明社」。鳥居。鎮守の杜。社殿。社殿内。由緒等はわかりません。しかしながら神明社の由緒から推測しますと、恐らくこちらが明治44年に神 ...

弘前大学医学部医学科。大黒松小公園内。大黒松小公園の「大黒松」の由来として『弘前大学医学部三十年史』に次のように書かれています。「あの松の下で、ある老人が『○○が殿様から功により五十石加増の話があった時、加増より松が欲しいと申し出て頂いたものだ。それで五 ...

弘前大学医学部医学科へ。大黒松小公園内。大黒松小公園は平成10年10月19日に株式会社みちのく銀行の御寄附により設置されました。弘前肉腫の碑。碑文…『弘前肉腫 腫瘍医学への貢献』裏面碑文…『講座研究七十周年・弘前肉腫樹立記念 令和二年四月吉日 病理生命科学講座』案 ...

大鰐町の早瀬野地区・早瀬野ダム(ゾーン型ロックフィルダム)から湖岸を伝って南へ。早瀬野ダムの湖岸沿いの道はどちらを選んでも狭いです。対向車を気遣い、車のすれ違いには注意しましょう。写真は早瀬野ダム。虹貝川沿いを上流に遡り、秋田県との県境の山頂に石の塔があ ...

大然部落遭難者追悼碑の近くです。『昭和20年(1945)3月22日深夜、雪解け土砂の山津波によって、一夜にして消滅した大然村。今に残る災害遺産は「集落が消える」という過酷な教訓を現代に語りかける。この岩山の上に、山津波で流された屋根の残骸がひっかかっていたという。 ...

青森県八戸市高州2丁目。社殿。阿部八幡宮の由緒等についてはわかりませんでした。ちなみに無関係かも知れませんが、島守長瀬の八幡宮の話です。別名「安倍八幡」といい、これは前九年の役で源頼義の軍に敗れた安倍氏が北に逃れて、着いた土地ごとに八幡社を祭った内の一社で ...

くろくまの滝駐車場にある「青森県砂防発祥の地」の碑(青森県知事北村正哉)。裏面碑文…『赤石川は、世界遺産に登録(平成5年12月)された白神山地の山々に源を発し、津軽沢、恩愛沢など、大小80余の支川を合流した後、鰺ヶ沢町赤石地内で日本海に注ぐ流域面積179.9km、流 ...

「まほろば唐松・中世の館唐松城」。唐松城は、唐松岳の麓から山頂にかけて築かれた空堀や土塁が残る中世城館。この地は、16世紀末頃に、湊城(秋田市土崎)等を拠点とする安東氏、横手盆地北部を拠点とする戸沢氏、同南部を拠点とする小野寺氏の勢力が対峙した要衝であり、 ...

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