くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

三戸郡五戸町浅水。浅水下通りの人々によって親しまれている浅間神社。権現様と呼ばれています。藩政時代にはここに鎮座しており、宗十郎塚の産土様であったと伝えます。昭和30年代に国道の影響で少し移動しましたが、国道工事の佐川組(十和田市)は拝殿前にあったオンコの ...

青森県上北郡六ヶ所村平沼追舘。熊野近隣公園に隣接。平沼郵便局から国道338号線を北へ向かい最初の信号がある分岐を左(追舘・田面木沼側)へ行くと、右手に参道入口の標柱(上の写真)がございます。田面木沼の北東。標柱には「郷社熊野神社」とありますが、一之鳥居にも「 ...

八戸市十日市長根。十日市村は、階上岳の裾野として北に広がる八戸平原が新井田川に沿って尾根状に延び、八戸の平野部に接する新井田川と松館川に挟まれた丘陵上にあります。新井田と是川をつなぐ県道差波新井田線により、東十日市と西十日市の2つの町内に分かれ、東側の松館 ...

黒石市牡丹平福民。2013年の記事:『りんご史料館(黒石市牡丹平)』青森県立苹果試験場はりんご関係者の強い要望によって昭和6年に全国唯一のりんご専門試験研究機関として、青森県農事試験場から現在地に分離独立して発足。発足に当たり、当時の黒石町はりんご園3.08haと庁 ...

昭和50年10月創業。鍛冶町で46年続いた老舗。締めパフェのお店。10月17日閉店。最後にもう一度と思っていたのですが、閉店を知ってからはコロナ禍をまったく感じさせない超行列にて断念いたしました。よって残念ながら手元にはこんな昔の写真しか残っていません。いつも酔っ ...

大館市大茂内中瘤木台。大茂内は大館盆地の北部。長木川に注ぐ大茂内沢・茂内沢の出口の洪積台地上に位置。大茂内沢の上流山間部を経て鹿角に接します。中心集落は山麓の台地上に発達。集落東方付近から縄文中期の遺物及び須恵器片が出土。四ツ屋地区は天慶3年、平将門一族の ...

秋田県男鹿市脇本脇本七沢。脇本城跡に鎮座。なお、脇本城跡については別記事にしております。『脇本城跡(男鹿市)』鳥居紀年銘「昭和44年10月氏子一同建立」狛犬一対(天保)。案内板「脇本城跡・天神様の細葉の椿」より…『戦国時代に秋田地域を支配していた安東氏の拠点 ...

『脇本城跡(男鹿市)』からの続きです。男山・屋敷跡。本当に広大でどういう順路で進めばいいか悩みますね。とりあえず内館標柱へ。空堀。内館跡標柱。『ここは内館と呼ばれており、館跡内には大土塁・井戸跡・館神堂跡などがある。』・『下方の道路は、脇本城下から船川・ ...

秋田県男鹿市脇本。生鼻崎(脇本七沢)付近。海に突き出た生鼻崎の上、海抜100m前後の丘陵地に広がる中世の城跡。脇本城(国指定史跡)は古くから男鹿半島を掌握する要害の地(創建時期は不明)で、安土桃山時代の天正5年(1577)に、檜山、湊の両安東氏を統一した安東氏の一 ...

秋田県北秋田市綴子往還下。石段を登ります。当神社の由緒等についてはわかりませんでした。鳥居。不明の石。社殿。御祭神は日本武尊・水神。水の守護神を祀っています。秋田県の今木神社といえば、かつて神仏習合神社としてお不動様と呼ばれ、明治の神仏分離令によって今木 ...

平川市岩館長田。道の駅ひろさき臨時駐車場の横、カーサルーン・ビック裏にひっそりとある曽我氏の板碑。以前の記事『卯辰両歳餓死者供養塔 (ヘビ塚) ・ 曽我氏の板碑 (平川市岩館)』以前にも紹介しておりますが、案内板が新しくなっていました。内容はほぼ同じですが平 ...

大館市柄沢大沢尻。柄沢第三貯水池付近。大館市柄沢生活総合センター向かい。参道。柄沢村は元禄7郡絵図までの藩側作成の絵図に図示されていません。享保郡邑記で8軒の村として登載するも享保黒印高帳には見えません。寛政村附帳で親郷大館村の寄郷に位置付けられ、当高109石 ...

令和3年下半期。『弘前駅前の駅前とは思えぬ現状』※平成23年『生まれ変わる弘前駅前』※平成28年『生まれ変わる弘前駅前2』※平成29年『生まれ変わる弘前駅前3』※平成30年『生まれ変わる弘前駅前4』※令和2年『生まれ変わる弘前駅前5』※令和3年上半期『弘前駅 (弘前 ...

弘前市山道町。日本聖公会弘前昇天教会教会堂。青森県重宝(平成5年4月16日)。関連記事『山道町の坂 (弘前市)』『中央弘前駅』煉瓦及び木造平屋建、屋根亜鉛鉄板葺き附聖鐘一口。日本聖公会の教会堂が現在地に創建されたのは明治33年ですが、現在の教会堂は大正9年に建て ...

弘前市吉野町。弘南鉄道大鰐線の駅であり同線の終点。単式ホーム1面1線の地上駅。昭和27年1月26日弘前電気鉄道の駅として開業。昭和45年10月1日弘南鉄道に譲渡。昭和61年4月1日業務委託化。平成9年4月1日運転取扱業務委託化。弘前市は令和3年8月25日、弘南鉄道中央弘前駅構内 ...

旧鹿角郡公会堂は武家屋敷通りに面しています。すぐ隣には本勝寺。本勝寺の横は花輪館搦手口(花輪館に通ずる下の坂、通称館坂(たて坂)の登り口で、昔は御館ノ坂とも言いました。)で花輪館跡(花輪小学校)へと続きます。旧鹿角郡公会堂の裏手は花輪館跡で、少し上った場 ...

秋田県鹿角市花輪中花輪。崖上は鹿角市立花輪小学校のグラウンド(花輪館本丸)となっています。花輪町真景図。本勝寺の横に花輪館搦手口(通称館坂)がありますが、そちらは花輪館跡(花輪小学校)へ続く坂道です。新町愛宕神社に行くには、本勝寺と旧鹿角郡公会堂(鹿角市 ...

現在、花輪小学校の建つ花輪館と桜山公園となっている北館の館下になっている横町・袋丁は、組丁にかけて近世に武士居住地である内町を形成していました。横町は、南北に長い鹿角街道沿いの本町通りから、直角に横に入る町割りによっておこった名といわれています。袋丁は、 ...

秋田県鹿角市花輪荒屋敷。櫻山護國神社。桜山地区公園内鎮座。花輪館北館になります。憩いの場として親しまれている園内はソメイヨシノの隠れた名所。ソメイヨシノ200本は見事。「桜山神社」案内板…『一、御祭神(一)南部家藩祖…南部三郎光行公(源姓大明神)(二)中興の ...

上の写真は館坂(舘坂・タテ坂)の坂上(二の丸方面)。下の写真は坂下(搦手口・本勝寺方面)。途中に見える石段は桜山護国神社(桜山公園)へと続きます。桜山地区公園案内図と現在地。花輪町真景図(大正5年)。花輪通要害屋敷地図(明治2年)と現在地(赤丸)。「北館( ...

花輪一帯は秋田藩と津軽藩に隣接し、尾去沢鉱山など鉱物資源の豊富な地域として南部藩として重要視された地域の1つでした。そのため、花輪城は一国一城令の中、陣屋構えとして「要害屋敷」として幕府に認められました。主郭の規模は、東西200m・南北110mで段差4mの上下2面に ...

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