くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

タグ:滝

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秋田県にかほ市象潟町本郷麻針堰。駐車場から元滝川沿いに歩いて行きます。ちなみに直近駐車場もありますが、案内板では管理用駐車場となっていました。
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案内板「溶岩のヘリ(縁)の自然美」より…『約60万年前から現在まで成長を続けてきた鳥海山は、これまで何千回もの噴火を繰り返してきました。その内部は溶岩が何層にも積み重なった構造になっています。鳥海山に降った大量の雪や雨は、およそ10年から20年の時を経て周辺のいたるところに湧き出ています。水が湧き出す地点の多くは溶岩流のヘリ(縁)の部分です。元滝伏流水は約16万~2万年前に噴出した溶岩のヘリの部分に位置していて、周辺の溶岩の厚みは20mを超えるところもあります。この場所では、高さ5m、幅30mとつづくガサガサの溶岩の壁から年間絶えることなく豊富な水が湧き出しています。湧き水の水温は約10℃で、その冷たい温度の影響で一帯は薄い霧が立ちこめています。霧が高い湿度を保つことで岩壁や川辺には一面の苔が覆い、独特の雰囲気を醸し出しています。』
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「溶岩のヘリには湧き水がたくさん」より…『鳥海山の溶岩はガサガサの部分が多く、たくさんの水を貯える巨大なスポンジのよう。溶岩のヘリは水を通しやすい層、通しにくい層の境目になっているため、溶岩のヘリには多くの湧き水スポットがあります。』
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駐車場から元滝伏流水までは整備された散策道を元滝川に沿って進んでいきます。
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片道は700mほどで、徒歩約10分。
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6.5
勾配等や危険な箇所もなく、気軽に行けます。
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7.4
7.8
天気が悪いわけではありません。
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天気はとても良かったのですが、周辺は霧に包まれているんです。レンズもかなり曇っていたと思います。
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9.5
言い訳になりますが、臨場感を重視してレンズは拭かず、写真も加工していません。いつも加工していませんが。そして個人的に視点が結構苔(コケ)寄りになっています。
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本気撮りする方には逆に参考になるでしょう!?ならないか笑
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11.5
写真にこだわる方ならば、色々と工夫して素敵な写真がたくさん撮れるスポットです。季節・天気・時間帯は重要かも知れませんね。※当記事の写真は7月下旬・午後3時・真夏日・晴れ)。
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12.5
綺麗に撮ろうとすればこのような感じになるんでしょうけど。
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滝とは違った美しさ。
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そして壮大な滝とは違う癒しの空間。
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15.5
平成の名水百選(平成20年6月)。鳥海山に染み込んだ雨水や雪解け水が、長い年月をかけて岩肌から一気に湧き出しています(1日約50,000t)。
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幅約30mの岩肌一帯から流れ落ちる伏流水は元滝川へと流れていきます。
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斜面に張り付いたコケの緑と、水しぶきのコントラストが鮮やかで、清涼感と癒しを与えてくれます。
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霧に包まれていたかと思うと急に霧が晴れたり…。
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とにかく気持ちいいです。この日は真夏日だったので、天然の冷蔵庫とまでは言えませんが、ちょうどいい具合に冷房が効いている感じで、しばらくの間ここに居ました。
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っていうか、気持ち良くて動けなくなります。
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21.5
苔もいい感じですし、地元なら通ってしまいそうです。
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秋田県鹿角郡小坂町上向。かつての上向村。明治9年11月28日に鴇・鳥越・長沢・牛馬長根が合併して上向村。
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鳥居をくぐってしばらく道なりに歩きます。
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最初のうちは余裕でしたが…
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少しずつ荒れてきて…
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途中で笹藪に…
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挫けずに歩き続けると…あれ!?行き止まり!?っていうか川に阻まれます。周囲は笹藪です。
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しかし左奥に道が続いているように見えます。
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ってことで、ここから左の笹藪にて藪漕ぎ突入。
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何とか突破しました。このように進んできました。
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既に心は折れかけていますが…
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比較的道が良くなったので再び参道を進みます。
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しかし途中から…
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再び笹やぶの藪漕ぎに突入!先程よりもかなりひどい状態。もはや自分が歩いている道が参道かどうかも自信ありません。
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しかしここまで来て引き返すわけにもいかないので、やぶの中を少し進むと社殿が遠くに見えてしまいました。見えなければ完全に引き返したと思います。正直見えなければ良かったのに…って思ったくらいです笑
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見えるかな?
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参道はこのような感じです。整備される時期があるかどうかはわかりません。あるとしたら大祭日の7月12日頃でしょうが、恐らく現在は整備されていません。とにかくきついです。よって道中の写真もあまり撮っていません。帰りも迷わないよう注意して下さいね。
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笹やぶ突破!
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ってことでようやく到着しました。中々難易度が高かったです。軽装及び方向音痴の方にはおすすめ致しません。こんなところで熊に襲われたら終了です。
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う~ん…拝殿前もまだ若干の藪状態…帰りのことを考えたくない笑
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地蔵菩薩。素敵な笑顔です。
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小さな建物。
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中はこのような状態でした。
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神鏡、三つ俵、陶器製の双頭白蛇、千手観音立像、大黒様、恵比須様、福禄寿、不動明王など…
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倶利伽羅剣。
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地蔵菩薩。薪を背負っているように見えます。隣には不動明王。
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不動明王の紀年銘「昭和49年9月28日」。
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山神大神碑(昭和32年10月11日)。畑沢末次郎、鷲谷トクエ他10名奉納。
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狛犬一対(昭和42年5月12日講中一同)。
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社殿。正面上に不動明王が飾られています。
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社殿内。
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山神。昭和32年4月などの紀年銘が見え、創建当時まもない頃の奉納とわかります。
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四国八十八ヶ所霊場順拝納札。
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不動明王、「参拝記念句-真言宗醍醐派小坂教社」。
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黒瀧神社に捧げる歌(参拝記念・真言宗醍醐派小坂教社)…『1.人里はなれた黒瀧に 尊き神は鎮りて 苦しみなやみを救はんと 表れ出たる有がたき 信者を守りませ助けませ 正しき行く手を示す如く 生き抜く人の杖となり 睦みて集ひ伏し拝む 不動の瀧よ栄へらん 2.昔神々搖耒の 社に我等恵まるる 光放ちて輝ける 水は五色の虹はりて 流れる水の清らけく こゝに助ける神ありて 長き世かけて守るらん 賛へよ信者声髙らかに 黒瀧神社栄へん』
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社殿内由緒より…『昭和30年10月7日枕神に立ち、昭和31年5月9日黒滝神社建立。昭和31年6月12日御堂開き、十二山神、瀧神大神、不動明王、弘法大師(左手の岩)、薬師如耒、又、昭和50年5月、文珠両部大菩薩の珠授かる。山に鎮座すこの地は、神佛のおはす霊地なり。病の人々は水ごほりを取りて一心に念じれば、すめやかに快復す。百姓には、田作の虫よけとなり、水をくみて田に流せば上作となる。肉食は反対の神なり。62年7月神社改築(大工:浪岡善美)。年に一度の大祭7月12日。24日地蔵菩薩の前で信者一同千枚地蔵流し供養を行ふ。』
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本殿裏にある黒滝(黒瀧)。
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黒い石から流れ落ちてきます。これは黒いマンガン鉱物(MnO2)か!?溶岩末端崖の滝か!?シアノバクテリアがいるのか!?黒いお宝発見か!?って、ブラタモリの博識なタモリさんを気取りたくなりましたが、そもそもオンネトー湯の滝が陸上でマンガン鉱物(二酸化マンガン)を生成するのが見られる地球上唯一の場所でしたね。
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その美しさから紅葉の名所、京の嵐山にちなんで、小嵐山とも呼ばれる中野もみじ山。弘前藩主が京都から百本あまりのもみじを移植したのが始まりとされ、山一面を彩る紅葉は人々を魅了します。イザベラバードも「ここは非常に美しく、秋には無数のカエデが緋色や深紅に色を付け、長旅しても見に来る価値がある」と書き残しています。
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予定が合わず、紅葉のピークに中々行けない中野もみじ山。今年も手遅れでした。
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3.5
見頃は10月中旬から11月上旬。私が訪れたのは11月中旬。
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案内板「モミジの小嵐鎮座 津軽三不動尊 中野神社 御由緒」より…『◆御祭神…日本武尊、岩戸姫命、坂上田村麿命、大山祇神、倉稲魂命、少彦名命、以上、津軽三不動尊と併せ七福の神々と称へ祀る。◆中野のお不動さま…延暦19年(800)田村麿将軍東夷征伐の折、当国の守護神として日本武尊を勧請、御神体の不動尊像は隋僧、円智上人の作で中国天台宗の開祖、智嶺の附第人皇33代、推古帝13年(605)に来朝し、聖徳太子に勝曼経・法華経を奉り、同18年太子の命により当国に来たり同年(610)旧4月8日、一木より三体の不動尊像を刻す。一体は、黒石市長谷沢、東光山五輪寺(現、長谷澤神社、津軽三不動尊一番札所)一体は、黒瀧山不動堂(現、当中野神社、津軽三不動尊二番札所)一体は、碇ヶ関村古懸国上寺(現、平川市碇ヶ関古懸、津軽三不動尊三番札所)に勧請、世にこれを津軽三不動尊と称せられる。旧津軽藩 公祈願所・酉年生まれ一代様。◆祭事…・歳旦祭1月1日。・どんと祭1月11日(注連飾り他古神札等焼納)。・おこもり祭(旧暦12月27日-翌日旧暦12月28日)(氏子崇敬者、無病息災、子孫繁栄、家運隆昌、五穀豊穣、国家安寧)。・祈年祭4月28日。・不動尊講中祭(旧暦4月8日)講中繁栄、家内安全、祈蕎受付。例祭前夜祭7月27日(夏越の大祓式)・例祭7月28日津軽神楽奉納・新嘗祭11月28日・除夜祭12月31日(大祓式)』
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その他、詳細は過去の記事を参照ください。
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不動の滝。
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不動橋。
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大町桂月文学碑「ひとしほの木の葉は散りて散り残る楓の山の美しき哉 大正十一年十一月六日 桂月」…『数町枝渓を遡れば、中野公園に達す。渓流S字形を成して、飛泉かゝる。山は低けれども、樹木茂り、古杉の間に、老楓少なからず。橋を渡れば、矢大臣門さへありて、中野祠神さびて立てり。』
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不動橋からの風景。
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不動橋から不動の滝。
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反対側から不動橋。
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随神門。
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右大臣(昭和53年11月3日・櫻庭貞次郎寄進)。
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左大臣(昭和53年11月3日・櫻庭貞三寄進)。
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進めば進むほど紅葉シーズンが既に終わっていることを感じます。
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中野神社鳥居。
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巴太鼓に乗っている鶏の石像一対(昭和37年旧6月28日。中野・黒森婦人一同)。
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石鳥居(皇紀2604年)。
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中野神社。
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過去に紹介しているので特に説明はありません。
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22.5
苔チェック。
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観楓台へ。
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観楓台。
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完全に散っております。
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せっかく来たので展望所方面へ散策。
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色づいているところをチョイスして写真を撮っていますが…
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28.5
ほんの一部分です。
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ってことで戻ってきました。
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ちなみに中国からの観光客はそこそこいました。
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中野もみじ山散策マップ。
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以前の記事
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案内板「ガマ石 乳穂ケ滝」より…『樹齢300年を超える杉の大木に囲まれた境内、落差33mから一条の滝が落下している。その岩下に不動尊がまつられ、この御堂は建立不明とされている。この滝が古来から津軽の作物豊凶占いの手がかりとされており、現在でも津軽中の信者が集まる。ガマ石は乳穂ヶ滝の向いの岩木川にあり、その岸にカエルがうずくまった形に似ていることからその名が付けられており、ビッキ石とも呼ばれている。』
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倶利伽羅剣と菅江真澄歌碑。
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菅江真澄歌碑「とよとしのしるしも水もふる雪も千束に氷れ新穂のたきなみ」。昭和24年、42歳厄年を迎えた地元の人々12名によって建立。
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令和元年6月2日に建立された狛犬一対と、昭和56年7月29日(旧6月28日)建立の石灯籠一対。
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6.5
ということで、私が見つけた令和元年奉納の最初の狛犬は乳穂ヶ滝でした。
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この日は真夏日だったので、少し滝で涼もうと思ったのですが、さすがに乳穂ヶ滝の水量では涼めませんでした。
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滝見えます?
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弘法大師。
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上に行きます。
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滝見えます?
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足元には気を付けましょう。
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13.5
薬師観音。鳥居付です。
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14.5
稲荷様(御命日10日)。
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不動明王(御命日12日)。
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不動明王の上にある絵馬。よく見えませんが。
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山乃神様(御命日12日)。皇紀2600年。
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龍神様(御命日1日、15日)。
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案内板。
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岩。
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滝壺。
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三本の杉がいい感じです。
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鳥居裏にも三本の杉。推定樹齢200年。
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3度目の…滝見えます?
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休屋(社務所・休憩所)。
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乳穂ヶ滝休屋新築記念(昭和53年7月2日)。
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飾られている滝の写真(撮影者熊谷武徳氏)。
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平成24年2月のものでした。
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飾られている記事より…『「渡し舟」…昔は道路も殆ど山頂を通り、なるべく橋などをかけなく川を渡るにも水の少ない時を選んで自分の足で渡った。少し遅れて渡舟が用いられた。我村でも橋のない川は殆ど渡舟で渡っていた。木橋がかけられるようになっても洪水などで流失した時には又渡舟が用いられた。渡場には舟守りを部落で依頼し、舟守りには一定の賃金や物料を払ってその仕事を引受けてもらい、川辺にはその住家も手配した。「栄光に輝く瑪耶渓 津軽十景首位当選」…昭和3年8月1日より9月24日まで開かれた弘前新聞社主催津軽十景入選の投票が行われた。弘前新聞社が一万号記念事業として発表した津軽十景投票は俄然人気を呼び、発表以来40数日毎日の投票発表は如何に全津軽人の耳目を衝動せしめたか、郷土愛に燃ゆる人々の熱誠振りには只々驚嘆の外はなく各地の後援会有志の努力には主催側としても感謝に堪えなく、それなりに毎日の計算も緊張に緊張を重ね、一票たりとも誤算なからしむるべく検票したのでした。特に瑪耶渓の如き天下の絶勝をこの際天下に紹介せずんばあるべからずと保勝会を結成し、各地元民も策戦をこらして実に物凄き競争が演ぜられたのである。秘められた謎の投票箱を開く度びに一喜一憂、一高一低をつゞけたもので、立会人も時事、東奥各新聞記者、それに弘前警察署の警部にお願いして、最終決定をした。最後の成績は、最高当選順(※中略・写真参照)外は略す。我が瑪耶渓は前記の如く第一位当選したので、保勝会を先頭に9月23日自動車三台に分乗し弘前市内を当選御礼廻り、次のようなビラを撒布し喜び溢れ帰村した。配布した御札のビラ(原文)(※以下省略・写真参照)』
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30.4
30.8
設置前の案内板「乳穂ヶ滝」(西目屋村誌)より…『この滝は名坪平(昔は夏菩提ともいった)道路に面してある。正面に鳥居、左手に社務所(休憩所)、岩だらけの坂を登りつめると剣が不気味に尖り、樹齢200年と見える杉の大木が三本天を衝いている。左には弘法大師の石像をまつった祠があり、年中、日の丸の旗がはためいているのが印象的である。正面を仰ぐと岩が裂けたような状態で、高さ33メートル(古記では十丈)幅10メートル弱(同五間)の滝がさらさら雨が降るように落ちる。その岩下に不動尊がまつられ、N状に橋が架けられ、容易に参拝できるようになっている。元来、この不動尊御堂は建立不明とされている。この滝が古来から津軽の作物豊凶占いにされた古事から始まり有名になったが、藩政時代には津軽藩主が、その氷塊を正月の厳寒期に特命使者を遣わして検見させ、豊凶の手がかりとし、民間では旧正月17日その氷を参拝後持ち帰って病人に与えると、ふしぎにも快癒したという。したがって豪雪をついて津軽中の信仰者が集まり、現在でもその風習がつづいている。古い記録をたどると、文化3年8月18日(1806)津軽藩主寧親が参拝したことが明らかで、ついで寛政8年2月6日(1795)家老職喜多村が参詣している。なかでも目屋の名を天下あまねく周知させたのは菅江真澄(三河の人)。真澄は寛政8年11月4日、暗門探勝の帰り途ここに詣でて次のような歌をよみのこした。「豊年の徴も水もふる雪も千束に氷れ新穂のたきなみ」』
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帰り際、水陸両用バスが突然現れて、ガイドさんの声が響く中で、バスの中の観光客の一人が私に向って手を合わせて拝んでいました。恐らく私が不動明王に見えたのでしょう。この日は真夏日だったのでそういう表情になっていたと思います。
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栃木県日光市山内。行者堂から下って来て、瀧尾神社参道途中に合流し、ここから瀧尾神社を目指します。
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最初に現れた石塔は…大小べんきんぜいの碑!生理現象なのでお約束はできません。
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大小べんきんぜいの碑…『古くは、このあたりに栃御門(桜門)、下乗石、木の鳥居などがあり、これから先は滝尾神社の聖域に入るので、大小便を禁ずる碑が立てられた。庶民にも読めるようにと、「大小便禁制」のうち大小のほかは、「平仮名」で書かれているのが珍しい。』
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参道。この石は非常に歩きにくいです。上を向いて歩くと足を挫きそう。滝尾神社参道周辺には樹齢500年以上の老杉群があります。文明8年(1476)日光山第44世別当になった昌源が植えたもので、中世繁栄期の遺産であり、「昌源杉」と呼ばれています。以前はそのうちの1本が、飯を盛ったような形に繁って目立っていたので、「飯盛杉」と呼ばれましたが、昭和38年の突風で倒木したそうです。
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白糸の滝。
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白糸の滝…『天狗沢にかかる名瀑。高さ約10メートル。弘法大師修業の場と伝えられる。文明18年(1486)京都聖護院の道興准后が日光を訪れ、その時の紀行文「廻国雑記」に左の和歌が詠まれている。「世々を経て 結ぶ契りの 末なれや この滝尾の たきの白糸」』
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白糸の滝は瀧尾神社の前、参道途中にあります。ちなみに道興准后は滝尾神社の参拝で白糸の滝を見た時「瀧の尾と申し侍るは無雙隻の霊神にてましましける。飛瀧の姿目を驚し侍りき」とも記しています。
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白糸の滝碑(大正5年9月7日・大正天皇御観瀑)。
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白糸の滝前から見た瀧尾神社入口。
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白糸の滝近くの御神木と不動明王。
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11.5
瀧尾神社社号標。日光燈籠や梵字を刻んだ三重塔もあります。
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石段を上ります。
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石段途中の石祠。不動明王。左腕破損しています。
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右側に石垣。
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石垣の上には別所跡。
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別所跡…『東照宮の遷座以前、日光参詣の中心はこの滝尾周辺であった。日光責めで有名な輪王寺の「強飯式」(山伏が、大盛りの飯を残さず食べろと責める儀式)も、ここが発祥の地である。明治になって別所は廃絶。永生6年(1509)日光に来た連歌師、宗長の紀行文「東路のつと」には、「ここより谷々を見おろせば、院々僧坊およそ五百坊にも余りぬらん。」とあり、盛時の様子が偲ばれる。』
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影向石。この付近には阿弥陀如来を安置する如法経堂があったそうです。
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18.5
影向石…『影向とは、神仏が仮の姿をとって、この世に現れること。弘法大師(空海)が、弘仁11年(820)この地に来て、奥の大岩のあたりで神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が現れたと伝えられている。』
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苔生した石祠。
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周囲には地蔵尊、三尊の梵字を刻む石碑、壊れた燈籠、首が無く廃仏毀釈を感じさせる石仏もいくつかありました。
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日光二社一寺関連記事
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