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青森県むつ市大畑町深山。県道4号線沿い。
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切株の裏に道祖神祠堂。
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三尊仏石碑。
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道祖神(塞ノ神)祠堂…『大畑最初の農耕を行ない、住みついた所。浮彫りの三尊安置。右不動明王座像。中央童形地蔵菩薩立像。左虚空蔵菩薩立像。罪業、悪疾病、貧乏、災難を除き人々の幸せを願ったもの。平成15年度大畑町教育委員会』※ちなみに私には不動明王も立像に見えました。
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大畑発祥之地。
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こちらの碑は下記由来にある森林に関する石碑等。
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深山神社の由来…『祭神-誉田別命(応神天皇)。例祭-6月14日、15日。神社の創建は、不詳。御神体に延暦元年(782)の文字や、延喜4年(904)別当職を大行院が始めたとの言い伝えがある。元和2年(1616)再建、元和3年焼失、元和4年再建し慶安元年(1648)南町に八幡宮を遷座、当神社も奥の院として江戸時代まで、深山権現宮と呼ばれ祭神のほか阿彌陀、観音の二面の鏡子も併祀されていたが、明治になり神仏分離令により鏡子が取り外され、以後深山神社と改められた。深山一帯は、一説によれば大畑地名発祥の地とも呼ばれている。また、檜山は自然林の宝庫でもあり江戸時代には社殿修築改築材、御用船の材料として伐採されたほか、度重なる大飢餓の米稗などの食料買付の担保として、幾多の人々を救済したと言われている。文化8年(1811)川内の藤田三左衛門が、宮古で三千石船を造ったときその帆柱として、深山境内にある切株八丁敷の木材を伐採したということである。栃ノ木は、神木とされ傍に先人の最初の開発偉業を偲び、郷土を愛する心を後世に伝えるため石碑を建立した。大畑町教育委員会』
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