くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:自然 > 青森県内

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岩手県岩手郡雫石町丸谷地。
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桜の時期ではございませんが、それでも美しい風景だと思います。
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一本桜。
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桜の時期ならばこんな感じ(※案内板の写真)。
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案内板より「雫石十四景 小岩井農場の一本桜と岩手山」…『雄大な岩手山を背景に小岩井農場の緑の大地に立つ一本桜。明治40年代に植えられたエドヒガンで、この場所が放牧地だった頃には、夏の日差しから牛を守る「日陰樹」として利用された。桜の開花期には残雪の岩手山とのコントラストのほか、夏から秋、冬へと変化する風景も美しい。』
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案内板より「小岩井農場と一本桜」…『小岩井農場は明治24年(1891年)に開設されました。当時この地は不毛の原野でしたが、土地改良を行うと共に森林を形成しつつ、一貫して農林畜産業を基軸とした運営を継続し、不毛の原野は百年を越す歴史の中で生産性の高い緑の大地に変わりました。農場の中で、秀峰岩手山を背景に緑の大地に根を張る一本桜。詳しい樹齢は不明ですが、おそらく明治40年代(約100年前)に植えられたと推定されます。一本桜があるこの草地は、今は農場の牛などの餌になる牧草を収穫する畑ですが、昔は牛の放牧地でした。牛は暑さが苦手なので、夏の強い日差しから牛を守る「日陰樹(ひいんじゅ)」としてこの桜が植えられたものと考えられます。以前はここで牛の世話をする人しか知らない桜でしたが、昭和50年代に広域農道(雫石地区:全長19.5Km)が整備(1978年度完成)されてからは一般の方も見学できるようになりました。』
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こちらは蛇王神社に向かう道中にちょっとした墓所があり、その付近に鎮座していた龍神宮です。
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龍神宮内。中央に神像と棟札、右に小祠がありました。詳細までは見ていません。
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龍神宮横にあった妻ノ神の石碑(昭和11年1月吉日・椛本ソノ建立)。
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龍神宮から更に少し進んだ場所に案内板が設置されています。
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蛇王の松…『蛇王(じゃおう)神社の境内にある赤松の大樹です。根元から三つ又になり、それがさらに分かれて五つの太幹となって、天に向かって手を広げるように伸びています。この木の幹周りは6メートル88センチあり、アカマツとしては青森県内では1位、全国では3位という太さを誇る巨木です。この地方では、昔から三つ又の木は山神が依存した神木として崇敬されており、この巨木そのものが山神の御神体とされています。』
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蛇王神社と書かれた鳥居をくぐり…
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その先へと歩いて行きます。
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すぐに左手に沼が見えてきます。
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八の太郎が棲んでいたという沼。
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沼沿いに進むと…
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すぐに蛇王神社に着きます。
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ちなみにこの沼ですが、水草で全貌がわかりにくいのですが、結構な大きさだと思います。
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蛇王神社。田子町田子椛山鎮座。
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由緒等は調べていませんが、蛇王神社には龍神(龍正大明神)が祀られており、周囲の椛山沼には蛇や龍女についての様々な伝説を残します。蛇王は竜神であり、雨乞いの神かも知れません。雨乞いをすると霊験ありとの話も伺いました。
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『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三)には三戸町蛇沼や階上岳の八郎竜神などの記載はありますが、ここについては特に触れていなかったと思います。
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御神体。
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全部は見えませんが棟札。
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境内にある山ノ神の石祠。
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蛇王の松。
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根元部分では三頭木です。
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推定樹齢370年。樹高22m、幹回6.88m。
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根元にある鳥居と標柱。町指定文化財。
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想像を超える太さと迫力です。正直驚きました。
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この枝の伸び方が迫力を増しているんでしょうね。かっこいい松です。
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さて私はどこでしょう。
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ここです。
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黄檗宗宝厳山法眼寺。
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詳細は以前の記事も参照ください。
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法眼寺境内にある黒石市指定文化財…『〇法眼寺開山堂(市指定有形文化財・平成4年7月7日指定)南宗元頓を祀った一間四方の小規模な建物であり、当時は「赤御堂」と呼ばれていた。内部には元頓和尚の名が刻まれた卵塔が安置。正徳3年(1722)に建立され、法眼寺境内で最古の建物である。〇法眼寺山門(市指定有形文化財・平成4年7月7日指定)寛保元年(1741)に建立、本堂より古い。扉や蹴放しはないが、細部の彫刻などには建築当時の意匠が残されている。姿の美しい山門である。〇法眼寺の砂踏乃碑(市指定有形文化財・平成3年3月3日指定)黒石の西村四郎兵衛の妻が西国霊場に出かけた様子が記されている石碑である。砂を持ち帰り、袋に入れて行けなかった人に御利益が得られるよう踏ませている。石碑は寛永4年(1759)に建立。西国巡礼のことを彫った県内唯一の貴重な資料である。〇剣(工芸品)(市指定有形文化財・平成11年1月5日指定)法眼寺には三体の不動尊がある。そのうち一体には文政3年(1820)2月に石川忠右衛門・忠兵衛が寄進した剣を持っている。剣は全長35.5cmの両刃であるが、江戸時代に名刀匠といわれた源正義の作品である。平成11年3月31日黒石市教育委員会』
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5月下旬。
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白フジを見に行ってきました。
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存在感が凄いですね。
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手水舎と白フジ。
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樹齢200年以上・樹高約20mのケヤキに絡みつく白フジ。
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白フジ自体は70年以上前から咲いているそうです。
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白フジの下に法眼寺開山堂標柱(平成4年7月7日指定)。
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開山堂。
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開山堂の横に不動尊。
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狛犬一対(明治34年6月28日・山田友太郎)。
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不動尊向拝。
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不動尊堂内。
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不動尊前から見た本堂。
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松尾芭蕉翁「花咲て七日鶴見る麓かな」(天保14年・芭蕉翁百五十年遠忌)。
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松尾芭蕉翁「百歳の気色を庭の落葉哉」(寛政3年)。
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秋田雨雀「手を拡げて小さき実をこぼす初霰」(昭和47年)。
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秋田雨雀「行く先は何處で暮れても花の宿」。
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田村雪村「消かゝる月や蓮の匂ふうへ」(明治33年)・川上三太郎「友だちのうしろ姿の有難味」(昭和9年)。
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西国三十三カ所巡礼の「砂踏乃碑」。
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「寛延三庚午天四月下院西村四郎兵衛妻恭順禮西國三十三所而其堂下之土地手持耒而埋却此盤石之下而永令人結勝縁若人發心而一踏一禮則不動寸歩既西國三十三所順禮之功了者也」
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「寛延四年辛未歳四月十七日建焉施主當人同参加藤貴孝」
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法眼寺鐘楼堂。
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梵鐘は見えません。
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1階部分。
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くろいし景観資産№8法眼寺鐘楼堂…『県内でも珍しい「唐風造り」であり、全体的に簡易な意匠だが、木鼻の彫刻などは近代寺社の特徴を示している。また、身舎に吊るされた梵鐘は、棟方志功により寄贈されたものである。』
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県重宝法眼寺鐘楼堂(所在地:黒石市大字山形町82番地・指定年月日:昭和53年8月24日)…『●建立年…延享3年(1746)。●構造・様式…木造・唐風造り、幅・奥行きとも4.5メートル、高さ7.2メートル。屋根は、上層が寄せ棟造りのかやぶき、下層が銅製のこけらぶき。●特徴…垂木が放射線状。柱の下部は青銅製のはばきで腐食を防止。●法眼寺由緒…延宝7年(1679)南宗元頓が市内温湯に開山。元禄4年(1691)に現在地へ移り、翌年から黒石領主の祈願所。昭和61年3月黒石市教育委員会』
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百万遍(安政4丁巳年7月15日)。
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本堂へ。
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県重宝法眼寺本堂(指定年月日:平成5年4月16日)…『〇規模:桁行17.190m。梁間14.325m。向拝幅5.730m。向拝の出2.865m。建築面積262.76㎡。〇構造:入母屋造。妻入。茅葺。向拝一軒。向唐破。鉄板葺(旧柾葺)北面。〇法眼寺は、延宝8年(1680)に勢州阿坂出身の南宗元頓によって開山された黄檗宗の寺で、温湯に建立。元禄4年(1691)に山形町に移る。本堂は、昭和6年(1769)に再建立、現在に至っている。本堂正面は、妻飾りが三重虹梁大瓶束から成る。向拝玄関で、母屋の茅葺屋根とともに壮大である。本堂の内部は無目の敷居で四部屋に区分。天井は外陣が格天井、内陣が折上格天井である。本堂には、津軽三十三観音第二十六番札所の十一面観世音が三十三観音とともに安置されている。平成12年3月31日青森県教育委員会・黒石市教育委員会』
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法眼寺の乗り駕籠。
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津軽三十三観音霊場第26番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩。御詠歌:後の世を願う心は軽くとも仏の誓いおもき黒石)。津軽八十八ヶ所霊場第29番札所(札所本尊:聖観世音菩薩。御詠歌:身は砕けかばねば野辺にさらすとものりの道をば忘れまいぞや)。
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本堂の左右に十一面観音菩薩がおります。三十三観音とともに安置されているとのことで、こちらの向って右側が津軽三十三観音霊場第26番札所の十一面観世音菩薩のようです。神仏分離令により黒石神明宮から移されたもの。
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こちらは向かって左側の十一面観世音菩薩。
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