くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:遺構・遺跡・痕跡・城址・廃墟・碑等 > その他青森県内

八橋山不動院。秋田西国観音霊場の30番、31番札所。秋田県秋田市八橋本町。日吉八幡神社のすぐ近くです。八橋地区は江戸時代初期に旧羽州街道が整備され、今の日吉八幡神社が遷座した頃から住人が増えました。やがて、街道沿いに茶店が立ち並び、芝居興行が行われるなど、城 ...

青森県三戸郡新郷村。戸来松木田の赤坂森。標柱はありますが環状列石が見当たりません。新郷村史(平成元年出版)の写真では、恐らくこの標柱の後方にストーンサークルがあるように見えますが何も残されていません。新郷村史には「考古学を専攻している東京の学生達が多く訪 ...

弘前市大字大森字勝山。国指定史跡。案内板より(一部抜粋)…『【保護指定の面積】85,154.83㎡【遺跡の概要】岩木山の北東麓に位置する、全国でも数少ない縄文時代晩期前半(紀元前約1,000年)の環状列石を中心とする遺跡です。縄文時代晩期の環状列石の中で、唯一全容が明 ...

弘前市水木在家字岩浪沢。旧中津軽郡相馬村。当記事で紹介する場所は推定です。皆様からの情報を得るべく『見つけることができない青森県内の神社』という記事にて情報を募ったものの結局わかりませんでした。私が数年前に頂いた情報としては、「通称田中山と呼ばれている」 ...

板柳町には深味八幡宮や杉山屋敷跡のほか、御成座敷、石田路、杉山渡などの縁の場所があります。詳細は以前の記事も参照ください。前回の記事と関連記事『杉山屋敷跡 (板柳町)』『深味八幡宮 (杉山八幡宮・板柳町)』『深味八幡宮(板柳町)』『杉山渡(鶴田堰)中央アッ ...

「板柳村尋常小学校の裏手より深味を経て太田に通ずる一路あり、杉山祖先の特に開きたるものなりと野翁、村童「石田路」という。また、渡あり、今は之なきがこの渡は「杉山渡」と称したりと云う。」ってことで石田路と杉山渡の紹介ですが、石田路(石田街道とも)はりんご園 ...

青森県八戸市大字十三日町。八戸には安藤昌益資料館もございます。三社大祭の時にたまたま見つけた標柱ですが、特にその痕跡たるものはわかりませんでした。標柱より…『江戸時代中期の医者であり、封建制批判の思想家として知られる安藤昌益(1703-1762)が居住していた場所 ...

弘前市本町(弘前大学医学部附属病院)。医学部臨床研究棟付近。 忠犬ハチ公ではございません。ヨーコ(メス犬)が動物実験施設の屋上で元気に散歩している姿の像です。 『1981年弘前大学医学部外科学第二講座(現消化器外科学講座)では、世界に先駆けてイヌを用い ...

十和田市大不動の稲荷神社から少しだけ南に行った場所。稲荷神社前に案内板がありますが、ちょっとわかりにくい場所です。稲荷神社のすぐ横に草木に囲まれた古い建物が見えます。 その建物のすぐ近くに今度は小屋の屋根が見えます。写真は道路から撮ったものです。 その小 ...

吾妻沢。 かなりわかりにくい場所にあります。 少なくとも私は近くで農作業されている方にお聞きしてようやく辿り着きました。親切にありがとうございます。ちなみに個人の敷地になります。 最初は歩けど歩けど場所がわからず…途方に暮れて…ふとしゃがみ込んだら、周囲 ...

青森県上北郡おいらせ町神明前。阿光坊古墳群で有名な地域です。 神明前遺跡…『黒曜石製の尖頭器(旧石器時代)が出土したことで知られている。また、縄文時代早期の土器も採集されている。現在、本村にある神明宮がかつてこの地の北方の神明山にあったので神明前と呼ばれ ...

旧常盤村。鎌倉時代には北条氏の御内人として蝦夷沙汰代官職となり、室町時代には京都御扶持衆に組み入れられたとされます。津軽の豪族である安東氏、南朝の北畠氏ゆかりの武将の館跡に由来する地名が残されています。鎌倉時代、久井名舘は十川と浪岡川の間に囲まれた高台に ...

青森県むつ市大畑町深山。県道4号線沿い。 切株の裏に道祖神祠堂。 三尊仏石碑。 道祖神(塞ノ神)祠堂…『大畑最初の農耕を行ない、住みついた所。浮彫りの三尊安置。右不動明王座像。中央童形地蔵菩薩立像。左虚空蔵菩薩立像。罪業、悪疾病、貧乏、災難を除き人々の幸 ...

八戸市湊町字館鼻。八戸市が管理する都市公園。面積は1.3 haで新井田川河口の右岸の高台に位置。 アイヌ語の地名で「館鼻」とは、「平地にのぞんだ丘陵の端、丘陵部分の平坦地」を指しています。江戸時代には「日和山」とも称され、廻船や漁船の出港時の天候や潮の様子を ...

蔦温泉です。大町桂月と蔦温泉は切っても切れない関係なので、まずは蔦温泉から紹介です。 蔦温泉の歴史は古く、久安3年(1147)には既にこの地に湯治小屋があったことが文献に残されているそうです。その名の由来として「木に絡むツタ植物が豊富にあったことから」が有力 ...

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