くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:建物・歴史的建造物・街ブラ等 > 青森県内

青森県八戸市鮫町二子石。鮫村は浜通村の一部でした。浜通村は江戸期に湊・鮫を中心とする約10か所の浜・浦から成る村でした。はじめ盛岡藩領、寛文5年からは八戸藩領。八戸廻に属します。元和3年盛岡藩主南部利直によって田名部が藩直轄地とされ、根城南部氏の給所が田名部 ...

旧制弘前高等学校外国人教師館。大正14年建築、平成16年移築。木造二階一部平屋建、鉄板葺、建築面積73㎡。国登録有形文化財、弘前市趣のある建物、弘前市景観重要建造物。小公園(テラス)。太宰治文学碑もあります。彫刻『<羽のように、蕾のように>″Like a Wing , Like ...

青森県弘前市御幸町。正面門柱と煉瓦塀からスタート。過去の記事です。見比べてみて下さい。『旧弘前偕行社』『旧弘前偕行社 2012』玄関前庭園にある石碑と像(野津謙先生・鳴海康仲先生)。石碑。碑文(鳴海康仲先生)。弘前厚生学院(弘前女子厚生学院)創設者鳴海康仲先生 ...

令和2年。以前の記事(平成30年)から2年が経ちました。まだ空き地が目立ちますが、既にマンション建設予定地等になっている部分もあります。この日は岩木山は見えず。弘前駅方面。こちらは変化なしですね。それでは下に行ってみましょう。以前も紹介した超巨大傘の建物は ...

以前の記事『富名醸造 (弘前市)』弘前市趣のある建物(平成21年指定)。弘前市富田3丁目。大正7年建築。酒蔵として建築された赤煉瓦倉庫で、当初あった8棟のうち4棟は現役の倉庫として使用されています。春には隣接する弘前大学の桜並木と美しいコントラストを見せてくれま ...

青森県黒石市大字内町。名勝「金平成園(かねひらなりえん)」、別名「澤成園(さわなりえん)」。主屋などの建物内も常時見学可能となりました。開園日:4月中旬-11月30日。休園日:月曜日(国民の祝日にあたる場合はその翌日)。開園時間:午前9時30分-午後4時(入園は閉園 ...

108年前の洋館「郡役所」の一部が2度の移築を経て黒石市松原に現存しております。当時の旧南津軽郡役所の建物。旧黒石町庁舎として使われていましたが、昭和29年に町村合併で黒石市庁舎になりました。明治45年(大正元年・1912年)、現在の市産業会館の場所に郡役所新庁舎と ...

青森県南津軽郡田舎館村大字高樋。弘南鉄道弘南線。昭和25年7月1日開業の田舎館駅(無人駅)。駅舎内には駅事務室を利用した軽食喫茶「かくれんぼ」が併設されていたそうです(現在は廃業)。1面2線。駅舎。上の旧字の方がいいですね。令和2年5月、田舎館駅待合室のGOMAさん ...

『古牧温泉渋沢公園(星野リゾート青森屋)』からの続きです。上の写真は遊歩道脇の奥入瀬川の石の石垣と楓林橋。そして楓林橋からの景色。古牧豊明殿。向かいには里山農園方面への道とポニーのお家があります。こちらも人懐こいです。ちなみに「のれ」と「それ」がいますが ...

星野リゾート青森屋。星野リゾート青森屋前でポニーが出迎えてくれました。馬優先です。十和田観光電鉄線廃線跡。公園案内地図。公園散策ガイドマップ。ちなみにここまでは青森県三沢市古間木山。この西大門から先は住所が青森県上北郡六戸町犬落瀬堀切沢。最初に目に入った ...

紅灯の巷といわれた桐萩。 公娼の街として開かれ、往時には十指に余る女郎屋があり、30名を超える娼婦がおりました。 戦時中は統制のこともあり、賑わいはやや下火になるも、戦後の自由な空気の中で、公娼廃止の昭和33年までは城山側に女部屋、向側には飲食店が立ち並び ...

道の駅いかりがせき(津軽関の庄)。 碇ヶ関御関所の歴史…『津軽藩初代藩主津軽為信公が天正14年(1586年)に秋田比内の浅利氏を攻め、帰陣するときに当地に関所を設けたことから、それまでの碇ヶ岡という地名を碇ヶ関に改めました。幕府の記録には「厳重なる事箱根の関所 ...

関連記事:『田名部の歓楽街(むつ市)』 青森県むつ市田名部町。歓楽街でお酒を浴びた後、〆のラーメンを頂こうとマップを見ながら歩いていたら、なぜかあの有名な「とびない旅館(本館)」に着いてしまいました。 本当は「ラーメン大将」を目指していたのですが…お酒っ ...

yuki散歩part11。この日は下北の温泉旅館を予約できず、むつ市の田名部神社近くのホテルへ宿泊。せっかくなので街へと繰り出します(→最初からその気満々)。ちなみにこの日は遠くに打ち上げ花火が見えていました。大きな花火でしたが何かは不明です。 さて、ホテルから頂 ...

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