くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:建物・歴史的建造物・街ブラ等 > 街の風景

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私が思っていたほどの変化はありませんでした。
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よって特にコメントはありません。
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強いて言うならば、大きな変化はこの新築分譲マンションと
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ツルハドラッグくらいですかね。
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野辺地町を少し散歩してみました。野辺地町金沢町付近には遊郭があったそうで、八幡宮参道から金沢町を目指します。八幡宮の南には野辺地警察署(戦前までは野辺地中学校。現在の野辺地中学校の場所には弘前大学野辺地分校がありました)があり、八幡宮北の道は桝形のような造りになっています。八幡宮正面参道にはかつて警護のために15軒の同心の家があったそうです。
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趣のあるたばこ屋。
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その横に新町の案内板がありました。
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新町通り…『東は金沢町・本町、西は野辺地八幡宮と接する通りです。江戸時代には西側に15軒の同心の屋敷が並び、町の守りを固めていました。東側は、廻船問屋などの商家が軒を連ね、江戸時代の北方探検家として知られる最上徳内の妻ふでの生家もこの通りにあります。通りの中ほどから海岸に降る新道は大砲を置く台場の築造のために作られた道路です。』
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大正時代の新町通り。
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目的もなくTEKUTEKU歩いて…
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五十嵐商店さん。
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なかなか味があります。電話139番。大衆食堂も兼ねてたんですね。
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飲み屋がある通りに来てみました。
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昼間なので人は誰もいません。
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こちらの建物も独特ですね。
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タイルがいい感じです。
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何よりプラモデルが気になります。
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金沢町へ。
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旅館福よし。
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正面からはわかりませんが、L字型の建物になっており、結構な大きさです。
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そこから20mほどの場所にある大万旅館。
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やはりこちらが現存している唯一の妓楼なのかな。
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かつての妓楼の大万楼(旧大万旅館)です。残念なことに中には入れません。空白さんのためにも何とか泊まれるようしてもらいたいものです(笑)
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「飢餓海峡」(1988年)の撮影場所として使用されたそう。 
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裏側へ。
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庭。あまり手入れされていない感じかな。草木で奥へ続く建物が見えません。
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建物の右側は…
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赤煉瓦の通路を通って…
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横の蔵に繋がっています。
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あの廃墟群が姿を消し、新たに生まれ変わろうとしています。
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これは今しか見れない光景でしょう。
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建物はほとんど残っておらず、道路だけが綺麗に整備されていて巨大な教習所みたい。
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あの建物は残るんだ。
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それでは現場に向かってみます。
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残っていた建物はかつて『ブラユキ写真館 part1』でも紹介した超巨大傘の建物。
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サン・ジョイ・スクールは移転して残っていたんですね。
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この駐車場の塀…残すのですか?色々な事情があるんでしょうね。
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あまりにも綺麗に撤去されて、以前どこに何があったのかわからない。
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今年倒産した弘前プリンスホテル。横浜市のブリーズベイホテル(BBH)が土地と建物を取得し、プリンスホテルの名称をそのままに再オープン。
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同じ位置からプリンスホテル(右)とプラザホテル(左)が見えます。
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もちろん和徳小学校も。
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創価学会弘前文化会館。
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どのように生まれ変わるのか楽しみにしています。
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