くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:建物・歴史的建造物・街ブラ等 > 街の風景

平成29年8月に閉店した弘前市元寺町の津軽塗製造・販売業「田中屋」跡地。創業120年の歴史がある店舗建物(趣のある建物)を利用し、外観などは可能な限り保持した上で、既に同市の別会社が新たに津軽塗製品販売店の運営に当たることが決定しております。ってことで、今だけ ...

「ひらかわイルミネーションプロムナード」開催期間:2019.11.23-2020.2.15弘南鉄道平賀駅前通りと中央公園を約70,000個のLED電球でライトアップ台湾提灯。弘南鉄道平賀駅前です。台湾「台中市」の提灯。約400個。こちらは中央公園。結構人がいました。雪が積もると、また違 ...

建物が少々増えたのと、道路に白線が引かれたくらいですかね。 少しずつ整備はされていますが、あまり変化はありませんでした。 長い冬を挟んでいますからね。 お岩木山を眺めます。 こちらは変化のない美しさでございます。 下から。 『弘前駅前の駅前とは思え ...

弘前市土手町のルネス。アベニューよりルネス街の方がしっくりきますが、中央弘前駅の利用者にとってはまさにアベニュー。鉄骨造4階の建物は昭和55年2月完成、平成18年10月に改築をしています。 中土手町のホームワークス側(PART2)から見るとすっかり変貌を遂げましたが ...

私が思っていたほどの変化はありませんでした。 よって特にコメントはありません。 強いて言うならば、大きな変化はこの新築分譲マンションと ツルハドラッグくらいですかね。 『弘前駅 (弘前市表町、駅前町、駅前)』 『弘前駅前の駅前とは思えぬ現状』 『生ま ...

野辺地町を少し散歩してみました。野辺地町金沢町付近には遊郭があったそうで、八幡宮参道から金沢町を目指します。八幡宮の南には野辺地警察署(戦前までは野辺地中学校。現在の野辺地中学校の場所には弘前大学野辺地分校がありました)があり、八幡宮北の道は桝形のような ...

『弘前駅前の駅前とは思えぬ現状』 あの廃墟群が姿を消し、新たに生まれ変わろうとしています。 これは今しか見れない光景でしょう。 建物はほとんど残っておらず、道路だけが綺麗に整備されていて巨大な教習所みたい。 あの建物は残るんだ。 それでは現場に向かって ...

銀座街にあったレストラン和久。昨年11月にとうとう解体されました。 長いこと営業していなかったとはいえ、ちょっと寂しい気もしますね。解体時には昔のままの店内を見に行った方々も結構いたそうで、当時はとても親しまれていた店だったんでしょうね。 既に解体されてし ...

弘前の駅前。住所は駅前1~3丁目。元は和徳の一部になります。 明治27年に奥羽北線の弘前駅が開設されて以後、代官町や北瓦ヶ町などから駅までの道が作られて発展しました。 2~3丁目の境界となっている通称駅前通り(主要地方道弘前停車場線)に沿って各種商店や旅館等 ...

寛文5年、羽州街道を経由するまで、西浜街道を利用していたため、この間亀甲門(北門)が弘前城の追手門とされており、当時は表門の商家街でした。 慶安2年に亀甲町となります。 国の重要文化財に指定されている石場家住宅。当主は代々清兵衛を名乗りました。度々改築が ...

五十石町標柱。 弘前市民体育館にあります。 「慶長16年(1611年)の弘前城完成に伴い、城の西側を守る中級武士の住む町として町割りされました。このときに五十石町と名付けられて以来、変わることなく現在まで使われている町名です。」 正保3年の津軽弘前城之絵図には ...

定番の木造駅遮光器土偶駅舎。 古き良き雰囲気が残る駅前通り。 う~ん…レトロというかノスタルジックな雰囲気が素敵♪ 津軽百年食堂として有名な神武食堂。 その隣には 桜庭歯科。 木造2階建で縦長の上げ下げ窓を採用。 正面ラペットは大きなレリーフを施し、そ ...

富田町は松森町と文京町(富田町桝形方面)に至る道筋の細長い町です。かつては富田村の一部で、大富町、文京町、富野町、富田三丁目、豊原1~2丁目、北園1丁目、南富田町、南大町2丁目もかつての富田町。 松森町から取上・堀越のコースと小栗山経由のコースの2つの参勤経路 ...

鍛冶町と申しましたが大体鍛治町の近郊とお考えください。 お昼の鍛治町近郊探訪でございます。 まずは鍛治町標柱。 サカモト薬局前にあります。 ちなみに昭和10年古地図でサカモト薬局は坂本鉄工所。 鍛冶職は、武士にとっては刀や鎧などを作る最も大切な職業で、合 ...

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