くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (神奈川県) > 寺・神社 (鎌倉市)

イメージ 2
御祭神は大己貴命。小町鎮守、旧村社。
イメージ 3
『鎮守蛭子神社は出雲大社に鎮ります大国主神を御祭神として(里俗夷尊神)と称され、往古永享年間(凡500余年前)日蓮宗本覚寺門前夷堂橋の傍に夷堂あり夷三郎社とも称され、同寺の守護神として、又付近住民の氏神様として崇敬されたが、明治維新に神仏分離によりこの地に鎮座し、同時に宝戒寺門前地区の氏神として、同寺境内に祀られし北条一門の守護神山王権現をも之に合祀し、蛭子神社と称するに至った。爾来百余年えびす様の愛称で、福の神・むすびの神として信仰され、遠近より善男善女の参詣多く神賑を極め今日に至った。えびす様は、皆様おなじみの釣棹を手にし鯛を抱かれた福徳円満の神影をえがいて敬い親しみ、産業福祉の道をお拓きになった。御神業の神として一般に福の神・縁結びの神・商売繁盛の神として信仰する者多く、殊に近年は学びの神・交通安全の神として氏子を始め崇敬し参詣するもの日毎に増し、えびす様と私共の生活が「むすび」の御霊力即ち愛情によって人間は活かされており、そのことに感謝し、その愛情にふれさせて頂く努力をすることによって、明るい生活が出来るのであります。私等の氏神として、永い歴史があって変わらない信仰と崇敬をおうけになっている尊い鎮守様であります。』
イメージ 1
『「新編相模風土記稿」に「夷堂橋は小町と大町との境にあり。…昔は此辺に夷三郎社ありしとなり」とある。此の附近一帯の産土神、地主神として里人深く信仰していたが、永享年中、本覚寺が創建されるに及び、同寺境内に移され山内の鎮守として奉斎された。明治維新の神仏分離により同寺の管理を離れ、現在の社地にあった下部落の鎮守七面大明神に合祀された。また宝戒寺内にあった上部落の鎮守山王権現も合祀して、三社を合わせ社名を蛭子神社と改称した。明治六年村社に列格され、明治七年八月社殿を新築した。本殿はそのとき鶴岡八幡宮の末社今宮の社殿を譲り受け移築したものである。昭和九年参拝殿を新築。昭和十五年神饌幣帛料供進神社に指定された。』
イメージ 4
社殿のすぐ横には骨川(なめりがわ)。
イメージ 5
手水舎。
イメージ 6
神輿庫。
イメージ 7
イメージ 8
皇紀二千六百年記念碑と彫られた石塔。元鳥居かな。
イメージ 9
御神木。
イメージ 10
本殿覆屋。
イメージ 20
社殿屋根の唐獅子瓦。
イメージ 18
イメージ 19
社殿扁額。
イメージ 17
唐破風懸魚。
イメージ 16
蟇股。
イメージ 15
木鼻。
イメージ 11
イメージ 12
イメージ 13
イメージ 14
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
由比ガ浜海水浴場。
イメージ 2
夏ですね!夏じゃないけど!
イメージ 3
近くの大太刀稲荷神社へ。写真暗くてすいません。由比ガ浜で遊び過ぎました。
イメージ 4
狛犬一対。
イメージ 5
イメージ 6
庚申塔(正徳2年8月吉日)。
イメージ 7
庚申供養塔が多いですね。紀年銘は文政7年、寛政12年など。
イメージ 8
青面金剛三猿碑。
イメージ 9
手水石。
イメージ 10
地蔵尊と石祠。
イメージ 11
イメージ 12
神仏混淆感があります。
イメージ 13
最初の鳥居から左の参道へ進むと大太刀稲荷神社。
イメージ 14
由緒不明。たくさんの石碑等から何かしらわかるかと思ったんですが、暗くてよく見えませんでした。
イメージ 15
新宿では昔から漁業を営むとあり、漁業の携わる人たちに関連するかも知れません。また、大太刀という社名から新田義貞徒渉伝説に関連付ける説もあるようです。由緒わかる方…教えてください。
イメージ 16
扁額。
イメージ 17
石灯籠一対。
イメージ 18
イメージ 19
最初の鳥居から正面の参道へ。新宿御嶽神社(御嶽大神)が鎮座。
イメージ 20
御嶽大神・八海山大神・三笠山大神(明治20年)。木曽御嶽神社。山岳信仰。明治時代に御嶽講社の動きが活発であったことが伺えます。社殿はありません。よって棟札などの資料もございません。由緒等は不明。
イメージ 21
武蔵御嶽神社(東京都青梅市・山岳信仰霊場)講中によるものかな。武蔵御嶽神社と鎌倉に関連深い畠山重忠(※秩父鎌倉街道)について調べれば何かわかるかも知れません。ちなみに鎌倉TODAYというHPに『木曽御嶽は近世山岳信仰の中心地。鎌倉にも戦前にはさかんに講がつくられたようで、長谷に森已之助さんという先達がいたことが、「鎌倉の三ヶ月」という大正時代の本にのっている(国会図書館近代デジタル‐ライブラリー)。なかにはよくわからないものもあるが、「八海山(越後)」「三笠山(上野)」「継母岳」「駒ケ岳」「長崎明神」などは諸国に本所がある御嶽三神、または峰々にある別所のこと。』又、『御嶽神社には覚明・普寛など18世紀木曽御嶽の先達の霊碑もまつられている。ふしぎなのは、富士浅間、白山、稲荷、駒ケ岳など、さまざまな山岳信仰をあつめたこの神社がなぜか海辺にある、ということだ。』とありました。
イメージ 22
御嶽藏王神社・冨士淺間神社・富嶽姫神社。
イメージ 23
清瀧不動明王。
イメージ 24
イメージ 25
イメージ 26
法顯不動明王碑。
イメージ 27
他にも「八大龍神」「網守稲荷神社」「継母嶽神社」「駒ヶ嶽神社」「吉黒神社」「養作霊神」「長﨑神社」など色々と石碑がありました。元からここに建てられたものか、ここに集められたものかはわかりません。何より暗くてよく見えないので退散しました。
イメージ 28
イメージ 29
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
写真ボケボケ。お酒のせいです。
イメージ 2
「夜の段葛」っていう響きがちょっといやらしい(笑)
イメージ 3
写真じゃ伝わらないけど、昼とは違う雰囲気でとても綺麗でした。
イメージ 4
関連記事
イメージ 5
イメージ 3
イメージ 2

↑このページのトップヘ