くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (蓬田村)

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長科村の稲荷神社。
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御祭神は宇迦廼御魂命、猿田彦命、大宮能女命。
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安政6年弘前藩浦町横内油川後潟四ヶ組秣場炭焼元帳によりますと、字川瀬に稲荷神社が見えます。
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県庁所蔵の社寺明細長によりますと、草創年月は不詳で、貞享年中(1684-1687)建立とあります。農耕の神として祀られました。
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明治6年3月から同8年2月までは後潟神社に合祀され、復社後の明治9年12月に村社に列されます。明治41年に皇太子殿下(大正天皇)が本県に行啓した際、これを記念して社殿を改築。
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こちらには稲荷神社由来とあり、建立明治40年8月吉日(棟梁三浦政吉・部落総代藤本石蔵)とありました。
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更に福澤諭吉先生七訓が記されていました。明治41年に本殿模様替え及び瑞垣新築、拝殿及び幣殿を新築しております。
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猿田彦大神。
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横には巨石がありましたが何なのかはわかりませんでした。
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こちらは稲荷神社と並列している観音堂。
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石仏等色々と祀られておりました。
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瀬辺地村(小瀬辺地村。大瀬辺地村は広瀬村)。
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字田浦にある天満宮(観音堂)の創建は寛文12年(1672)。
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御祭神は菅原道真霊。
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天満宮は元々観音堂として長く村民に篤く崇められてきました。
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明治初年の神仏分離の際に、菅原道真を祀って天満宮に改称。
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明治初期の社寺明細帳によりますと、当村の産神で菅浦倶衛が兼務。
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明治6年から同9年にかけて郷沢村稲荷神社ヘ合祀し、後復社。
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記念碑等。
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戻って観音堂へと向かいます。
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部落から1km離れた田地内にあった馬頭観音堂が参詣に不便であるとの理由で、昭和36年3月17日に天満宮境内に遷したそうです。
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これを記念とし奉遷記念碑が建てられました。
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碑文…『瀬辺地の部落は神代の昔所謂縄文式時代前期に天満宮境内に続く小高い台地(通称ナガレ)に人間が居住していたが考古学者の観察によるとその後縄文式時代の中期から後期にかけては人類無住の地として経過し即ち亀ヶ岡式時代の晩期にこの地及び玉松台附近の台地に再び人間が相集り村落を形成した。所伝によると体力の逞しい「セヘ」と呼ばれた人が首長としてこの地を統帥し農業もこの頃から始められたという。延暦20年坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際「セヘ」が滅びこの時から「セヘ」の住む地として瀬辺地と名づけられたという。この頃から本村には木造の観音菩薩像が安置されてその背に金属製の観音像を負わせて田浦2の6番地に祀り氏神として崇拝して来たが元禄年間に盗難に遭い行方不明となり現在下北郡に移祀されているという。その後宝永2年8月石造の馬頭観音像を祀り部落の平和と国家の安泰を祈り氏神として田浦217番地に移転して永い間部落民が崇拝し参詣して来たが明治6年神仏合祀が許されずこの地に天満宮を建立するに至り本尊像もまた昭和30年頃から天満宮境内に移転の声が高まり、浩宮徳仁親王殿下の御誕生を卜して昭和35年8月堂宇が完成し奉遷祭を執行したこの縁起を永く伝えるために奉遷記念碑建立の議が起りこの由来調査を青森市小野忠明氏に頼み蓬田村坂本種一氏弘前市村上正氏及び部落民一同の協力を得て茲に実現するに至った。昭和36年3月17日』
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観音堂周囲にあった庚申塔など。
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東津軽郡蓬田村。曹洞宗 龍澤山 正法院。慶長18年(1613)創建。
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山門。
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奈良東大寺の型にならったという2体の仁王尊像は昭和5年に後潟の船大工である工藤源蔵氏が4年の歳月をかけて完成させたもの。
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正法院は弘前長勝寺の末寺で曹洞宗通幻派に属する名刹。
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開山は長勝寺14世聖眼雲祝。
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最初は奥内村大字田沢村にありましたが、信徒の大部分が蓬田村であったために、寛文2年(1662)3月に現在の阿弥陀川村に移転建築。
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寺宝として本尊釈迦牟尼仏、観音菩薩坐像(県重文・江戸時代円空作)があります。
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境内には本堂、庫裡、地蔵堂などが建ち並び、竜王堂は松前藩主が津軽海峡の海上安全祈願所とした龍神を祀っているといいます。かつては松前公が残した挟箱がありましたが本堂改築の際に紛失。
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