くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (今別町)

社号標裏面(神社新築記念碑・平成2年7月吉日・浜名地区町内会、浜名青年団建立)。 参道は結構鬱蒼としておりました。 参道途中の末社。 由緒にある神明宮なのかな。 不思議な形の石。 手水石っぽい石。 神社新築紀念石(明治42年10月3日・濱名青年團献納)。 黄 ...

御祭神は保食神。文政7年(1824)の神社書上帳によりますと二股村稲荷宮の名が見えており、創建はそれより前に遡ると考えられます。 昭和24年に境内地譲与され、杉を植栽して氏子たちで管理してきましたが、平成10年、11年と奥院と拝殿の土台及び屋根の修復にあたり、その ...

青森県神社庁HPによりますと御祭神は伊弉諾神、速玉男神、事解男神。貞享4年の陸奥国津軽郡御検地水帳によりますと、熊野堂の社地は16間×8間。貞享4年の支配処社調によりますと、天和3年建立と記されています。宝永元年の社堂境内記からは名称が熊野宮となっています。明治 ...

今別町へやってきました。 目的は新幹線ではなく、青函トンネル入口広場にあるトンネル神社です。 北海道新幹線開業を記念し、今別町浜名地区の住民らによって自費で設置されました。 由来…『昭和29年9月26日未明台風15号が函館湾を襲来、青函連絡船洞爺丸が遭難し、他 ...

東津軽郡今別町。真宗大谷派 高徳山 正行寺。 境内由緒より。 『正行寺は、1683年(天和3年)釈浄閑によって開創されました。本尊は阿弥陀如来、宗祖は親鸞聖人です。本山は真宗本廟(京都 東本願寺)です。本願(仏のいつくしみの心)を信受し、南無阿弥陀仏を称え、浄 ...

御祭神は保食神。 創建は不詳。 宝暦9年(1759)の神社書上帳によりますと、大泊村稲荷大明神と見えます。 安政2年(1855)神社書上帳によりますと、創建不詳の稲荷宮、社地東西6間、南北7間半があります。当時の境内は300坪。 明治初年には一時期今別村の八 ...

御祭神は保食神。 松前街道沿い。神社前には「史跡伊能忠敬止宿」(1回:寛政12年4月10日、2回:同年6月20日、3回:享和元年11月2日、4回:同2年8月14日)の標柱があります。 安政2年神社書上帳によりますと、創建不詳の稲荷宮があり、文政9年の棟札があるといいます。 ...

御祭神は倉稲魂神。 安政2年神社書上帳によりますと、創建不詳の稲荷宮があります。 宝永元年(1704)社堂境内記によりますと、奥平辺村稲荷宮が見え、境内地東西15間、南北8間。宮の建立は延宝2年(1674)。 御神体は安政の頃(1854-1860)に大時化の難を ...

一の鳥居は草木が酷くてくぐれません(笑) 袰月魚籠観音までは山道を登って行くのですが、車で上まで行けるのですぐ着きます。 魚籠観音。 中国唐の時代に魚売りの美しい女性がおりました。村中の若者たちはその美しさに次々と結婚を申し出ましたが、女性は観音 ...

御祭神は譽田別尊。旧郷社。今別の中心社です。 石段を上ると… 跨線橋参道。 撮り鉄も安心です。 貞享4年検地水帳によりますと、今別村に門徒宗正行寺屋敷、八幡社地、観音堂地、山神社地が見えます。 今別八幡宮は永禄3年建立。正保2年再建。永禄日 ...

津軽地方では岩木山神社以外にも、各地方に岩木山神社という名の神社が存在しており、その地域を見渡すことができる小高い山をお岩木山と呼称してお山参詣を行います。 今別町大泊の岩木山は烽火山(参勤交代の際に三厩村とともに海上へ合図の烽火を上げる山)とも呼ばれ ...

貞享4年検地水帳によりますと、今別村に門徒宗正行寺屋敷、八幡社地、観音堂地、山神社地が見えます。 太宰治の津軽にも登場する本覚寺。 天元年中(978-983年)に開基、慶安4年(1651)もしくは承応2年(1653)良信安長上人再興、明暦3、4年(1657-1658)に始覚山本覚 ...

いきなり踏切(今別幼稚園踏切道)が見える(笑) 電車が走る境内。 踏切を渡ればすぐ高野山観音堂。 向かいは今別幼稚園の廃墟でしょうか。 貞享4年検地水帳によりますと、今別村に門徒宗正行寺屋敷、八幡社地、観音堂地、山神社地が見えます。 浄土宗始 ...

御祭神は倉稲魂神。 山崎地区が農村として開けたのは早く、貞享4年検地水帳では西田、宮本、中沢と並んで田畑の面積が広くなっています。 文政7年(1824)神社書上帳によりますと山崎村稲荷宮が見え、これが後の宇賀神社であり、かつては現在地の南西(山崎の沢 ...

青森県天然記念物指定。この付近は赤土(第二酸化鉄・紅殻)で、藩政時代には顔料として採掘され、領内の神社仏閣の赤い塗料、例えば岩木山神社の大堂や山門などの修復にも用いられたそうです。特に徳川家光公の代、日光東照宮にここの朱色が使われたことで大変有名になり、 ...

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