くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (岩手県)

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岩手県八幡平市。JR花輪線白山踏切付近に鎮座。寺志田地区。鎮座地は荒屋新町の境。荒屋は戦国武士荒屋氏の本拠地で、浄法寺方面から鹿角・盛岡の2方面に通じる交通の要衝。荒屋氏は浄法寺畠山氏の一党。荒屋館は安比川に面した尾根上。天正年間の頃、荒屋弥左衛門の居館。
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鳥居(額束:平成16年10月吉日氏子一同)。
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どう見ても松の方が古いと思われますが、鳥居は笠木の一部を削るほどギリギリに建てられています。
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灯籠一対・狛犬一対(平成11年8月16日建立)。
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5.5
当白山神社の由緒等については調べておりません。
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6.5
御祭神は菊理媛神でしょうね。
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拝殿内。
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こちらは何でしょうね。灯籠・狛犬と共に一対で並べられています。
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最初は大黒様・恵比寿様かと思ったのですが、状態が悪く判断しかねます。
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白山神社碑(昭和51年9月寺志田地区一同建立)。
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金毘羅山(明治26年3月10日)。
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う~ん…ギリ…読み取れず…。
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岩手山神社。
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湯殿山神社(明治26年4月8日)。
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櫻松神社(明治26年4月3日)。
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岩手県二戸市金田一大釜。
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鳥居額束。
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拝殿向拝神額。
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拝殿内。正面に本殿。奉納幕紀年銘は昭和58年1月吉日。
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天狗がいました。
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白山神社の由耒…『【一.加賀の国大本山 白山本宮について】加賀の国(今の石川県)大本山白山本宮は「霊峯白山」のまつりの庭として「白山本宮」「白山一宮」と仰がれ白山比咩神社」の御鎮座は崇神天皇の七年と伝えられその後、大火により、旧鎮座地の古宮址の森から三宮鎮座の地である現在地に、御遷りになり後土御門天皇の文明十二年から数えて昭和五十五年が五百年にあたるといわれる。現在は加賀の国石川郷鶴耒町三宮に鎮座している。【二.白山神社 神紋の由耒について】神紋の名称は「三子持亀甲瓜花」と申します。この神紋は、六角の亀甲の形を七五三に配した三つ子持ち、即ち、三条の構を配し、その中に瓜の花を描いたもので、その意味は、亀甲は千寿万歳の長寿を卜し、三つ子持ち即ち三条の構えは父祖から子、子から孫へと過去、現在、未来に亘って絶えることない「家運長久の表現」であり瓜は古代における「珍菓」であり、これを神に捧げて子孫の繁栄を祈るという「神まつりの表現」であります。したがって「白山神社」は家運長久、子孫繁栄、神人和楽の神であります。【三.下平白山神社の鎮座】明治の初期、加賀の国から岡部昌庵という医師が金田一村「野月」の舘日野屋新兵衛方に転居し、その時持ち来った加賀の国白山神社の分神を此の野月に鎮座させたものと思われる。その後幾度か転居し、最終的には現在の森氏の家に住み死亡されている。現在の白山神社は、その後、八坂神社、秋葉墓地などを探し、だいぶ明確になって耒ました。百年以上の歴史をもっています。当白山神社の祭礼は毎年十月二日に定め礼拝致しております。【四.岡部家の家系と白山神社の歴史】初代岡部昌庵-明治十九年九月二十八日没。岡部マサ-明治二十七年七月九日没。二代岡部昌栄-昭和七年一月二十五日没。三代岡部安-昌庵の二男が昭和八年三月一日相続。その後の岡部家の消息は不明である。』
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岩手県二戸市福岡中村。
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同じ二戸市の下斗米の大宮神社の由緒はわかるのですが、こちらはわかりませんでした。大宮神社といえば盛岡市の大宮神社が有名です。
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狛犬一対。
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拝殿向拝神額。
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拝殿内。
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廿三夜・庚申塔(文久元年辛酉7月)。
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眺望。
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十三区公民館近くの小高い場所にあります。
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