くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (五所川原市) > 寺・神社 (旧市浦村)

相内郵便局前の道路を横断し石段を上った丘陵上にあります。 十三山湊迎寺の末庵で浄土宗。本尊は阿弥陀如来。正徳元年(1711)順宗の草創(新撰陸奥国誌)。陸奥古碑集によりますと、蓮華庵の建物は俗称山王坊の地より移転したものと伝えます。境内には禅林寺跡から発 ...

最初の大きい鳥居(五所川原市十三)から2kmほど進んだところにあります(社殿はつがる市富萢町)。 案内板より… 「浜の明神は、中世に貿易港として興隆した十三湊の水戸口に航海の守護神として鎮座していた。文久3年(1863)には、湊明神宮境内から119体の仏像や土台 ...

市浦地区。古館遺跡と並んだ台地上にあります。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。※一の鳥居はかなり離れた海沿いにあり。 「古館遺跡 (五所川原市磯松・磯松の一本松)」 建保2年(1214)安倍貞季が紀州那智の熊野権現の分霊を祀った社であるといわれ、墳館の守護神とし ...

市浦地区です。 御祭神は天照皇大神。 勧請年月不詳。 御伊勢堂と称しており、安藤福島城の鬼門に当ることから館神として祀られたものと考えられています。 一説によれば、安東・阿部の祖にあたる安日彦、長髄彦の遺骸を再葬した墓地と伝えられ、長髄神社、荒吐神社と ...

桂川という川が流れる町桂川に小さな社がありました。 通りは1本違いますが位置的には日吉神社からも程近い場所です。 青森県神社庁にも記載はなく由緒等は不明。相内村の歴史にもその名を見つけることができませんでした。富野猿賀神社より分霊されたのでしょうか。 ...

一昨年くらいに訪れた際には一の鳥居を工事しておりました。 現住所は五所川原市十三古中道。旧市浦村でかつての十三村にある神明宮。十三湖の畔になります。 御祭神は天照皇大神。 貞享3年 (1686) 氏子中より建立(明暦3年(1657)に大火で焼失との記録があり、それ以前 ...

旧市浦村脇元です。十三湖を北上し、靄山も過ぎた辺り。日本海沿い。 目の前には靄山に似たような不動山。洗磯崎神社のちょっと先に登山道入口となる鳥居があります。頂上まで登ると不動明王を祀る堂宇があり、靄山同様に十三湊の信仰の山となっています。頂上まではさほど ...

春日内観音堂案内版… 「津軽三十三霊場十七番札所である。ここはもと竜興寺と春品寺跡と伝えられる。奥院は鞘堂で、堂宇は飛竜宮といわれ、元和九年(1614)に建て直されたという。明治初年、神佛分離にあたり観音堂は廃堂となったが、まもなく聖観音を神体とする春日内 ...

靄山(152.4m)。 『青森伝説』より…「権現崎の南側にある漁港の下前部落に、岩木山の話がある。昔、岩木山がここにあったのが、村人の朝歌が嫌いで弘前の西に逃げ出したのだという。岩木山の抜けた跡が潟になった。これが今の十三湖である。また岩木山の神様は、今でも朝 ...

旧市浦村。 鏡城跡地にあります。 主郭と思われる展望所へ行く道の麓。 参道の坂にはいくつかの鳥居。 御祭神は保食神。 文政6年勧請。 明治6年4月に相内神明宮へ合祀しています。 同8年復社。 水色の屋根が特徴的です。 千木も立派。 神社の入口手前には馬頭観 ...

山王坊日吉神社は大津市の日枝大社の末社で、朝夕の梵鐘を読経の響きが深山にこだまし参詣者の心身を洗い浄める一大霊場であったと伝承されています。 まだまだ調査が行なわれている地なので案内版に忠実に紹介します(笑) っていうか境内がかなり暗いです…熊でも出そうな ...

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