くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (平川市) > 寺・神社 (旧碇ケ関村)

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津刈ダムの近くに鎮座しています。
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私の地図には虻王権現神社と書いており、虻って珍しい神社だ!って思っていたのですが、実際は蛇王権現神社でした。
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社殿内。由緒等は不明ですが御神体は白蛇であり、弁財天の遣いとして富をもたらし、また、境内に湧いている豊富な水から推測するに水神として祀っているものと考えられます。
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ジュースが射的のように綺麗に並べられています。っていうか両端に何かいる(笑)
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大黒天、恵比寿、布袋尊が酒を酌み交わしているように見える絵馬。
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白龍大神。
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不明の石。
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社殿の裏には池があります。
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水量はかなり豊富です。
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綺麗な水でした。
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池手前の古そうな石祠は稲荷宮。
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池の奥の赤い小祠には石が祀ってあります。
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よく見たら大きな獅子頭でした。
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境内にある石碑。
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久吉大権現と刻みます。紀年銘はありませんでした。
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国民の祝日、初「山の日」です。ってことで大山祇神社を紹介。山の恩恵に感謝!さて、碇ヶ関の大山祇神社は羽州街道(国道7号線)沿いに社号標があります。社号標の他には戦役紀年碑(明治37-38年)、葛原直叙翁碑(文堂高山如禅静敬書)。
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大きくて立派な石燈籠が一対ありますがいずれも崩れています。
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正面の建物。
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中には綺麗に化粧された地蔵様や人形が祀られていました。水子地蔵っぽい雰囲気。
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その建物の裏に階段が続いています。写真ではわかりにくいのですが、上段から水が流れ落ちてきています。
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階段途中には彰忠碑(明治43年9月18日)。
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階段を上り切ると正面に大山祇神社が見えますが奥羽本線に遮られているため、現在ここからは神社に行くことは不可能です。
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ってことで迂回して大山祇神社へ。逆光失礼。
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御祭神は大山祇命、少彦名命、素戔嗚命。
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創建不詳。安政2年神社書上帳によりますと、天正14年(1586)の再建。
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古くは山神宮と称していました。元薬師堂という文献もあり。御祭神からするとどちらも正しいと思われます。明治の神仏分離令により大山祇神社に改称。
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注連縄が立派。
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向拝下に「平成11年7月10日登志縄奉納」とありました。
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本殿。
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本殿にも立派な注連縄があります。
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お花が綺麗だったので、本殿を色々な角度から。
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手水鉢。
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狛犬一対。
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庚申塔。
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その他記念碑等。
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忠魂碑。
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石田政蔵先生頌徳碑。
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末社。
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中にはサンスケとも感じられる人型の木彫像。
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本殿真裏の少し窪んだ場所に建物がありました。
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中央床に井戸。
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綺麗な水が湧いていました。底には白い石が敷き詰められています。
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龍神大神のようです。元薬師堂という由緒や御祭神にも関連しそうです。平成6年7月12日に新築されています。
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中央に祀られているのは白蛇。その後ろの札には南無妙法蓮華経、闇おかみ神・大山祇神・置船二柱神・手置帆負神・彦狭知命と見えます。上棟式(棟上げ)のものでしょう。
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その他小祠や石、蛇の絵馬などがありました。
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以前から気になっていたことがあり、確認しに行きました。場所は羽州街道沿い(国道7号)の船岡付近。この辺りに「髙福寺」という大きな看板がいくつかあるものの肝心のお寺を見たことがないという謎。ちなみに現在看板は撤去されています。
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以前看板が設置されていた場所を確認したところ、立派な門を発見しました。南門とあります。
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山号は金龍山…弘前市撫牛子にある高福寺ですね。宗派は曹洞宗、御本尊は釈迦牟尼佛。HPによりますと、前身は橋本庵で明治15年開基白眼光沙弥(白崎熊太郎翁)の発願により建立。昭和9年に信徒各位の御援護のもと5世仏由素憲大和尚(小山内素憲師)の篤いご信頼により福島県南会津郡江川村にあった高福寺を現在の弘前市撫牛子に移転許可されたそう。
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しかしなぜここに門だけが残っているのかは不明。HPによりますと、7世が青森県大鰐町金龍寺開山の祖心耕道大和尚とあります。金龍寺は大鰐町三ツ目内にあり現在は廃寺です。位置的にそれと関係するのかな。
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何かが建っていたような感じもしますが、礎石等の痕跡は一切見当たらず。
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道がありました。
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高速道路のトンネルが見えてきます。
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トンネルをくぐるとそこには…
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何もありませんでした(笑)
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