くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (平川市) > 寺・神社 (旧碇ケ関村)

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白糸の滝へ行く途中にあります。まず橋を渡ります。
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水流はそこそこ激しい感じ。
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橋の名は延命橋。
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橋を渡ると四阿と十和田様。
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こちらも水量が豊富でした。
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色々な石が安置されています。『水神竜神 十和田信仰』によりますと、「(前略)関所のカーブのところには日蓮宗系の法寿竜神明王の小祠があって信仰され、大落前川流域の大山祇神社前の清水には竜神を祀っている」とあります。
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喜久山神社石段。
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一の鳥居は壊れてしまったみたい。
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かつては大山祇神社であり、昭和10年に弘前市の個人が神社を含む山林を購入後、喜久山神社と改称したそう。
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個性的な狛犬が一対。
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いい表情です。
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台座の紀年銘(昭和11年旧6月12日)の横に「弘前市土手町 菊池長之建立」の文字が!紺屋町の旧菊池氏庭園(菊池長之別邸・御仮邸)、土手町の菊池薬局(明治39年創業)の方と言えば弘前市民ならわかりますよね。ってことは上記の弘前市の個人というのは菊池長之氏(明治12年-昭和13年)。
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こんな所で菊池長之氏の名を目にするとは思わなかった。喜久山は菊池にかけてるのかな。
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社殿。
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拝殿内。
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向拝下から見た境内。
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本殿。
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本殿の蟇股…
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これって家紋?菊池家の家紋が気になってきました。
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文化8年(1811)に津苅川の沢にできた新村に名付けられて成立した村。
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大山祇神社は寛政年間(1789-1801)勧請。村の成立よりも勧請年月日が少し早いです。碇ヶ関の中に新たに当村が開かれるに先立ち勧請されたということでしょうか。
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ちなみに元薬師堂です。
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御祭神は大山祇命。
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明治6年に碇ケ関の大山祇神社に一時合祀し後に復社。薬師堂から大山祇神社への改称は神仏分離令によるこの経緯が関係していると思われます。
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社殿内。
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社殿裏。石が並べられていました。かつて本殿があった場所なのかな。不明です。
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石燈籠一対。シンプルながら変わった形です。
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狛犬一対。
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津軽構えのなかなか個性的な狛犬さんです。
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小祠の中に小さな石祠。
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稲荷宮のようです。
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村社大山祇神社新築記念碑。
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庚申塔。
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馬頭観音の祠。
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祠内。
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両隣に御神馬と馬頭観音の石碑。
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御大典記念碑と社号標。
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神社入口付近にある地蔵堂。
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神社から少し離れた場所に「工藤米太郎記念館」という看板が見えました。
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裏に回って…
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米寿庵って書かれているこの建物のことかな。
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中を覗いてみると…
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えっ?何これ?(笑)
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何やら色々な物がありましたが、結局何なのかわかりませんでした(笑)場所間違ったのかな。この横の家の名字と同じなので個人所有のものかも。だとしたら勝手に覗いてすいません…でも道路沿いに記念館っていう看板を出されると観たくなるよー。
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羽州街道沿い。船岡パーキング(もしもしピット)の近くです。左折すればたけのこの里へと向かう道。以前ここに高福寺という大きな看板がありましたが現在はありません。
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船岡パーキングから10mほど南下した所にひっそりと石段があります。
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石段の上には結果として何もありませんでした。
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しかしながら石段を上ったところは僅かに平地となっており、中央には不自然な石が転がっていました。
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再度石段を下りまして…
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石段途中のこの石。
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明らかに鳥居らしきものがあったと思われます。後から地図で確認してら舟岡神社とありました。かつて舟岡神社という神社がここに鎮座していたのでしょうか。
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地図を見るとこのすぐ近くの集落に船岡神社とありましたので向かってみました。
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先程の場所から移転してきたものなのかは不明です。
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社殿内。
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由緒はわかりませんが比較的新しいと思われる木造女神像が一体。天照皇大神かな。
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足に金庫が付いている御神馬。
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社殿前の地蔵堂と馬頭観音堂。
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地蔵堂内。
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馬頭観音堂内。
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こちらはその近くにあった立派な石碑。
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『水きよく 稲穂実る 久吉の里』碇ヶ関村長秋元俊一。
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