くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (鶴田町)

イメージ 1
強巻村。岩木川の自然堤防沿いに立地し、洪水に悩まされた地域です。
イメージ 2
イメージ 3
元禄3年(1690)創立。
イメージ 4
大行院の配下にあった見重院であり、かつては修験の持宮と伝える稲荷神社。
イメージ 5
イメージ 6
御祭神は倉稲魂命(保食神)。
イメージ 7
縁起に「貞享3年津軽藩重役大道寺隼人、間宮求馬の両士、新墾巡親の折本村強巻氏神として建立」とあり、津軽郡村誌には「貞享4丁卯年奥瀬某勧請」とありますが、貞享の検地では見えず、元禄15年(1702)の大行院配下宮控帳による「元禄3年一戸五衛門草創」が正しいと考えられます。
イメージ 8
明治6年、大巻村稲荷神社へ合祀するも同8年2月復社。同9年12月村社。大正4年7月12日神饌幣帛料供進指定神社。
イメージ 9
神社入口付近にあった甲子大黒天の碑と百万遍。紀年銘はいずれも昭和4年。
イメージ 10
道路を挟んで向かいにも鳥居がありました。
イメージ 11
一つは二十三夜塔(紀年銘大正4年御即位記念)と水虎様(女神型)。
イメージ 12
イメージ 13
横の水路沿いにもう一つ祠。
イメージ 14
庚申塔(紀年銘大正4年御即位記念)と石版の馬頭観世音。
イメージ 15
イメージ 16
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
かつての菖蒲川村で、北は鶴田村、東は鶴泊村、南は大姓村に接します。岩木川決壊による被害を受けた地域でもあります。
イメージ 2
イメージ 3
イメージ 4
巨木に囲まれた鎮守の森。
イメージ 5
神明宮の建立年月日は不詳で、明和3年(1766)再建。貞享4年検地水帳にも、元禄15年の社堂社地境内内記にも記載がありません。菖蒲川・笹森両村民はもと大性村神明宮の氏子であったため、再建ではなく、明和3年に分霊勧請し創建したと考えられています。
イメージ 6
イメージ 7
御祭神は天照皇大神。嘉永2年(1849)工藤久左衛門の願いにより11代藩主順承より伊勢御田扇が奉納されています。明治6年に大性村神明宮と小幡村八幡宮を合祀し村社となり、同8年に両社は復社。同40年神饌幣帛料供進指定神社に昇格。
イメージ 8
イメージ 9
社殿内。
イメージ 10
本殿。
イメージ 11
個性的な狛犬です。
イメージ 12
イメージ 13
本殿横の末社には石が祀られています。
イメージ 14
イメージ 15
末社と庚申塔。
イメージ 16
イメージ 17
馬頭観音が祀られています。
イメージ 18
石碑移築・馬頭観音改装、平成16年4月18日施工とありました。
イメージ 19
イメージ 20
イメージ 21
隣の小さな祠はいずれも空っぽ。
イメージ 22
除厄記念碑。
イメージ 23
33歳・42歳除厄記念碑。
イメージ 24
除厄記念碑(昭和51年度正月元旦建立)。
イメージ 25
奈良本辰也著「吉田松陰・東北遊日記」に僅かではありますがモノクロ写真と共に紹介されています。
イメージ 26
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
御祭神は闇於加美神(くらおかみのかみ)。
イメージ 2
入口の鳥居が2つ。
イメージ 3
イメージ 4
境内案内板より。
イメージ 5
イメージ 6
日本最古の文献古事記によりますと、闇於加美神は神代の時代、伊耶那岐命と伊耶那美命の子として生まれ、降雨止雨をつかさどる水の神と記されています。
イメージ 7
伊耶那岐命と伊耶那美命の子というか、伊耶那岐命が迦具土神を斬った御刀の手上の血ですね。
イメージ 8
昔は飛龍権現と称され、一時惣染堂(馬頭観音)に移管されたとも伝えられます。
イメージ 9
明治6年4月闇おかみ神社と改め、亀田村稲荷神社へ合祭されました。明治8年2月復社、同9年12月に村社に列せられ、同40年4月19日神饌幣帛料供進指定神社に列格されて現在にいたります。山道弥生画保存会と山道子供会によって奉納される五穀豊穣を願った弥生画でも有名な神社ですね。
イメージ 10
狛犬一対。
イメージ 11
イメージ 12
本殿裏手にある祠。
イメージ 13
1つは馬頭観世音。
イメージ 14
もう1つは石版女神型の水虎様2体。
イメージ 15
こちらには…
イメージ 16
庚申塔と…
イメージ 17
神像というか何というか…
イメージ 18
が祀られています。
イメージ 19
イメージ 3
イメージ 2

↑このページのトップヘ