くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (中泊町)

北津軽郡中泊町大字小泊。小泊港の神明宮から東北自然歩道(権現崎遊歩道)を歩きます。旧大湊海軍警備府小泊防備衛所跡まで行きたいのですが、出発が遅かったので行けるところまで行ってみます。山手コース(約5.6km・120分徒歩)と海岸コース(約4km・100分徒歩)の2種類が ...

津軽中里駅から東へ。たまたま看板を見つけました。 中泊町役場宮野沢スキー場の近く。 階段を上って… 少し歩くと… 観音堂に着きます。 中里観音堂。中は拝見できませんでした。 中里三十三観音巡りの道。 三十三観世音。 三十三観世音菩 ...

中泊町豊島字豊本の熊野宮。 御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。元禄13年もしくは寛文6年創建。享保7年に岩木川洪水で流出、享保13年に現在地に再建。 再々訪なので、由緒等詳細は過去の記事も参照ください。今回は修復された鬼コ目的。 『熊野宮(水虎様 / 中泊町豊島) ...

小泊道沿いのサークルK向かい。 神社のような建物があります。 中を拝見したら庚申堂でした。 立派な庚申堂ですね。 全部で6基ありました。庚申、幸神などの文字の他、万延元年などの紀年銘があります。 内1基は小さめで読み取れず。 ...

かつての八幡村。 近世八幡村の成立については詳細不明で、元禄年間(1688-1704)頃弘前藩田舎庄金木新田の村として成立したと考えられます。元々大里村であったものを享保 11 年(1726)八幡村と改称したとされています。 御祭神は倉稲魂命。 勧請年月日、由緒等は不 ...

御祭神は源頼朝。 創建は不詳ですが、天正年間(1573-1593)に深郷田村八幡宮が袴腰岳から深郷田へ渡御の際に仮殿を建てた場所に後年創建と伝えます。 『青森の伝説』に以下のように紹介されています。 「金木町の北にある中里町の東方、中山山脈のふもとにある宮野沢 ...

宮野沢川右岸の台地に広がる集落で、その歴史は縄文時代にまで遡り、宮野沢母沢遺跡から往事の磨製石斧が出土。平安時代には蛍沢遺跡・宮野沢遺跡に古代集落が誕生。 現在運動公園がある丘陵はかつて小祠が散在するとともに、空壕跡が存在したことから、城館の可能性も考え ...

旧下之切道通。 松浦武四郎氏の『東奥沿海日記』に「鍵掛勘ケ(解)由」なる蝦夷館がある旨が述べられています。 付近には庚申塔があるほか、天保15年(1844)建立の岩木山大権現堂(阿弥陀如来、観世音菩薩、薬師如来石仏)があるはずだったのですが、何と見つけられませ ...

鳥居が大きいです。 この辺りの神社の一の鳥居って結構な高さがありますね。 お馬さんも綺麗に飾っておられます。 頭の低い狛犬さん。 鳩。 祭神は誉田別尊。 創建は不祥。 貞享4年(1687)の検知水帳にみることができ、それ以前の創建と思われま ...

祭神は天照皇大神。 創建年代は不祥、薄市山弘法寺2世性雲院日性抱えで寛文3年(1663)再建。 その後崩壊するも弘化4年(1847)現在地に移転し再建。 明治6年に一時的に深郷田村八幡宮へ合祀。 中里町誌によれば、元々現在地の北側、甲子塚のある高台(弘法寺東方 ...

御祭神は市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命。  創建年代不詳。 元文元年(1736)検地水帳に「弁才天社地」がみえることからそれ以前の創建と伝えます。 大沢内溜池(平成の名水百選の湧つぼがあります)の南東に位置し、標高10~15m程の大地や周囲の低地は二夕見遺 ...

下前から行けばかなり近いのですが、小泊港の神明宮から東北自然歩道(権現崎遊歩道)を歩いて小泊岬は尾崎山(229.7m)の尾崎神社を目指します。 「小泊神明宮と柴崎城址 (中泊町小泊)」 案内を見ると山手コース(約6km)と海岸コース(約4km)の2種類があったのでネイ ...

小泊村字権現崎国有地136林班チ小班。鎮座地は日本海に横たわる巨大な獅子名岬として世に知られている海抜229mの断崖絶壁権現崎(小泊岬)頂上。 御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、少名彦神。例祭日5月25日。 菅江真澄が権現崎に立つ飛龍権現という神の祠について触れて ...

小泊村下前175ノ1。大祭は新暦4月14日。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。 尾崎神社の分社として元文2年(1737)下前村内建立。尾崎神社の祭典や参拝、その他の行事で権現崎まで登るのは大変な苦労であったため、氏子が相談して村内に分祀。よって御祭神は尾崎神社に同じ。 ...

中里町誌によりますと豊岡村は明暦元年(1655)葛西甚兵衛により開村と伝えますが、国誌では「元禄13年(1700)新墾する処」とあり、地内神明宮及び加茂神社の創建も元禄13年となっています。 平山日記によりますと、元禄11年に深郷田新田として藩によって着手されたとあ ...

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