くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (板柳町)

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灰沼村は寛永11年(1634)に千葉治右衛門が開村。
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御祭神は譽田別尊。
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現在は通称栄町八幡宮として親しまれているようです。
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貞享4年検地水帳によりますと灰沼村には栄太夫抱えの八幡社地が見えます。
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灰沼八幡宮は延宝9年(1681)の堂宮神主山伏行人之覚によりますと寛文4年(1664)の勧請とあり、安政2年(1855)神社書上帳によりますと天和年間(1681-1683)の建立と伝えます。
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御神体は村の開祖である千葉家次男の内神を産土神として祀ったと伝えており、その後行方不明になったため、現在の御神体は明治初期に作られたものであると言われています。
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石灯籠と御神馬。
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狛犬一対。
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社殿横の建物。
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末社。
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末社前の狛犬一対。
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色々祀られていましたが、馬頭観世音かな。
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末社裏の庚申塔(紀年銘:天保・明治・慶應)。慶應の猿田彦太神前に小さな狛犬もいました。
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小幡村は古くは新屋村と称しており、天保4年の村絵図には掛落林村之内新屋村と見えます。貞享4年検地の際に小幡となり、享保11年に独立。小幡八幡宮境内に隣接して、旧満州皇帝溥儀の侍衛長を務めた工藤忠閣下の生家「皇帝の森」があります。
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天和元年(1681)建立。御祭神は誉田別尊。
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その昔、この境内の南東に大きな沼があり、その沼から光る物が毎晩のように出るようになりました。その正体を見極めようと、一人の青年がふんどしに鎌を差して沼に飛び込みます。しばらくして青年は両手に真っ黒な物を抱えて出て来ました。よく見ると神々しい石像で、きっと神様がこの世に出たくて毎晩光を発して村人に呼びかけたのだろうと考え、丁寧にお祀りしたのが当八幡宮の御神体であると伝えます。
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イチョウの標柱がありました。
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「小幡は、貞享4年(1687)に石高は596石と初めて表れていることから寛文年間(1661-72)以降に拓かれた村と考えられている。元は新屋村で掛落林村の枝村であった。貞享検地の時小幡村と改め享保11年(1726)に独立村となった。天和元年(1681)建立の八幡宮境内にはイチョウが隣接のけあきと競合している。成長が旺盛なので銀杏の結実も良く、町内随一の巨木である。」
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樹齢350年・樹高36m・幹周り515cm。
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狛犬。
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木の色と同化しちゃった。さて狛犬さんはどこでしょう?
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御神馬。
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末社馬頭観音。
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庚申塔(嘉永7年・元治2年)。
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さて、お決まりのかまやの七色たい焼に寄って帰ります。
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ハムネーズと肉たいで!!うまうまです。
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かつての横沢村。
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御祭神は伊弉諾命・伊弉冊命。
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安政2年神社書上帳によりますと、貞享元年(1684)再建の熊野宮(観音堂)がみえます。横沢・辻両村にて建立。
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延宝5年(1677)大破となり貞享元年に再建されたものと考えられます。
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本殿。
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狛犬二対。
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文政9年8月、講中にて稲荷神社建立。
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摂社神明宮。
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