くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (三沢市)

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青森県三沢市本町1丁目。三沢十和田線沿い。星野リゾート青森屋元湯近く。以前は木々に囲まれ、鳥居もあったようです。
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境内にはケヤキの巨木が2本ありましたがそれも伐採されてしまったようです。
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映画「田園に死す」のタイトルバックに出てくる神社のモデル。同級生たちとかくれんぼをした場所。『修司はここでよく相撲をして遊んだ。運動神経は鈍く、相撲も弱かった。何度かかっていっても投げ飛ばされ、だが負けず嫌いで、そのしつこさは相手をうんざりさせるほどだった。小高い丘になっているこの場所は、孤独な修司にひとりぼっちの安らぎを与えた。読書をしては鳥の声を聴いてうたた寝する。寺山の当時の読書を振り返り、同級生らは「難しくて小学生が読むようなものではなかった」と述懐する。「わが耳のなかに小鳥を眠らしめ呼ばんか遠き時の地平を」』
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石灯籠一対(崩壊しています)。
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古間木三社(不動神社・権現神社・薬師神社)の内の1社。三沢まつりに関連する神社の1つです。
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三沢まつりは、大正11年に開通した私鉄十和田鉄道の軌道工事が困難であったため、資材や米俵の運搬用に荷車が利用されていたことから、俵を積んだ荷車が山車の始まりといわれ、その後、八戸三社大祭を参考にして山車の自作や借用などの方法により、古間木地区の商人と住民らが祭りを作り上げました。大正14年9月に第1回三社大祭が開催されています。大正時代の古間木地区(古間木駅付近)は火事が多く、そのため古間木地区にあった不動神社、権現神社、薬師神社の神々を楽しく遊ばせることにより、火を鎮めようと考えたのが祭りのはじまりで、当時は不動神社が権現神社を誘い、薬師神社に二晩泊まり、そして権現神社、不動神社へそれぞれの神々が帰ったことから、現在の三沢祭りの期間が3日間となったそうです。
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上記のように古間木地区における代表的な神社(古間木三社神社)の一社ですが、由緒等についてはわかりませんでした。寺山修司の話はいっぱい見つかるのですが。
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拝殿海老虹梁、手鋏。
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蟇股(裏側)。
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拝殿向拝神額。
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「古間木不動神社」
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狛犬一対(髙橋梅次郎一家、昭和15年9月吉日)。
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禁酒記念(昭和15年10月1日根本一雄)。私も建ててみたいものです。
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手水石(日支事変帰還記念、皇紀2600年。寺山義人、根本一雄、櫻井要之助、金渕與太郎、古田岩太郎、山内三部、古田伊八、海老川定藏、佐藤利男、榊政五郎、山本光男)。
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※寺山義人は寺山修司の伯父。
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献木オオヤマザクラ(野田内科医院)。
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再訪記事『古牧温泉渋沢公園(六戸町)』
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六戸町の渋沢公園です。
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渋沢栄一とその嫡孫敬三が住んだ邸宅が東京都港区三田より移築・保存されていることに由来します。
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この公園に様々なものがあります。
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日本河童大明神。
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金勢堂。
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淡島明神。
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いずれも性信仰。
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渋沢大門の隣にある産土神(投入観音)。
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産土神とは生まれた土地を領有、守護する神。あるいは本貫に祀られている神。
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御神体は十和田湖外輪山、不老倉沢の滝の上に生えた千年のケヤキです。表皮をはぐと見事な女体が現れて、これを見た岡本太郎氏が「ミロのビーナス」とおっしゃったとか。
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中央の穴に賽銭を投げ入れると願いが叶うと言われています。
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カッパ沼に浮かぶ浮見堂。
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和婚式場。
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岡本太郎デザイン。
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愛の教会。
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岡本太郎作。
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喜びの鐘。
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出雲大社。
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小川原湖民族博物館の木造漁労船。
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階上町小舟渡で昭和60年(1985)頃まで使われていたもの。
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