くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (東京都)

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東京都中央区日本橋堀留町2丁目。
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御祭神は倉稲魂命。
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創建不詳なれど、日本橋通りに小田原より移した池洲屋敷があり、その池洲屋敷の池沼(生簀)より出現した稲荷様と伝えます。旧通旅籠町の守護として崇敬を受けてきました。旧別当延寿院。明治6年に神田神社の兼務社となっています。大正12年、関東大震災にて炎上し、昭和初年に再建されています。
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社号標(昭和24年10月吉日奉納)。
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手水石。
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石灯篭一対(昭和24年)。
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社殿神額。
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池洲神社ノ歴史(境内石碑より)…『昔時 喜久井大納言ガ池ノ洲ニ一宇ヲ建立サレテ以來天保二年改築セラレタル社殿モ關東大震災ニテ焼失シ大正十四年社殿ヲ建設其後補修セシモ昭和廿年二月戰災ヲ蒙リ全部烏有ニ歸セリ 昭和廿四年五月同志相集ヒ由緒アル神社ノ保存ヲ志シ再建奉賛會ヲ組織シ淨財ノ寄捨ニヨリ神域一圓ノ新築工事ヲ施行シ同年十月竣工ス 昭和廿四年十月吉日建 池洲神社奉賛會 会長岡田豊彦』
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『昭和三十一年四月有志相寄り戰災に依る社務所の再建を計り敬神の誠を盡さんとす 瀧富太郎氏の篤志と町会員一同の寄進とに依り茲に神殿の改修並に社務所の新築を施行し昭和三十二年十月竣工す 昭和三十二年十月吉日大傳馬町二丁目町会長美濃部五三郎 施工株式会社林組』
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東京都中央区銀座4丁目。歌舞伎座。
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歌舞伎座は明治22年(1889)11月21日開場。大正時代から松竹の直営で経営。4度の立て直しが行われており現在は5代目(平成25年4月開場)。
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外観は低層で和風桃山様式を採用。
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職人技が光る鳳凰丸の場吊提灯。
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懸垂幕は勘亭流。
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歌舞伎稲荷神社は、大入りや安全を祈願して祀られたもので、昔は木挽町界隈の商人たちがお参りしていました。
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歌舞伎俳優や劇場関係者が、今でも興行の初日と千穐楽にお参りします。
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以前は劇場内からしかお参りできませんでしたが、現在は誰でも参詣可能です。
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本殿と狐。
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御朱印は歌舞伎座タワー5階の「お土産処 楽座」にて授与。
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東京都府中市宮町。東京競馬場正門前。すぐ隣には馬霊塔馬頭観世音菩薩があります。裏手の山は天神山となっており、小高い丘の上には日吉神社天神社が鎮座しています。
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妙見山妙顕大善神は元々府中競馬場の敷地内にあり、競馬場建設に伴い、現在の地に移転したとのことですが詳細はわからず。なお、由緒等も調べていません。
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ニンジンがお供えされていました。隣りの馬頭観音等と同じくこちらも馬絡みなんでしょうか。
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ネットで調べたところ、しゃもじを奉納すると願いごとが叶うと云われており、「おしゃもじさま」とも呼ばれているそうです。宮島杓子や亀戸石井神社のおしゃもじ様を思い出しました。ここでは謂わば願い事を「すくい取る」という意味合いでしょう。
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しかし、奉納されているしゃもじを見ると、願い事というより「南無妙法蓮華経」が書かれており、日蓮宗総本山「身延山久遠寺」の力しゃもじ、即ち「悪の心」「邪心な心」を召しとる(飯取る)という信仰の意味合いが強いと感じられました。いずれにしましても日蓮宗との関わりであることは間違いないです。
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扁額「妙顯大善神」。紀年銘は昭和11年1月20日。ちなみに東京競馬場ができたのは昭和8年。
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扁額「妙顯大善神」。
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手水石。
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石碑。
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中央に「南無妙法蓮華経・ 如世尊敕 當具奉行」「妙顯大善神」、左右にそれぞれ「馬頭観世音菩薩」と「妙讃霊神」の文字が見えました。裏面を見るのを忘れました。
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なぜかピエタもあります。
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こちらは妙見山妙顕大善神のすぐ隣にある鳥居。
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瓢箪型手水石。
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こちらは稲荷神社ですが、最上位経王大善神(最上稲荷)かも知れませんね。昔の地図には妙顕神社と記されていました。
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