くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (青森市) > 寺・神社 (旧浪岡町)

イメージ 29
かつての北畠館跡地。
イメージ 27
イメージ 28
御祭神は倉稲魂命。
イメージ 26
創建及び由緒等一切不詳。
イメージ 25
但し、貞享4年検地水帳によりますと、観音堂と稲荷社がみえます。
イメージ 24
これが現在の馬頭観音堂と稲荷神社かと考えられます。
イメージ 23
猿田彦大神。
イメージ 21
イメージ 22
成田三雄君之碑(大正11年3月)。『先に吉内公園(吉内字山下77)の地に建立されてありしが、終戦により個人所有地となりたる為に彰徳碑は吉内稲荷神社境内に移転する事になり昭和43年秋基台を縮小し建立落成する。あらためて先祖、成田三雄氏の遺徳を偲び感慨無量であった。昭和58年秋日 三雄孫 成田要次郎記』と基台に説明がありました。
イメージ 20
狐様二対と石燈籠一対。
イメージ 18
イメージ 19
狛犬。
イメージ 16
イメージ 17
台座が二段になっており、二段目は勾配があるので津軽構えが引き立ちます。
イメージ 14
イメージ 15
紀年銘は大正4年。
イメージ 13
社殿。
イメージ 12
木鼻。
イメージ 10
イメージ 11
社殿内。
イメージ 7
イメージ 8
イメージ 9
石燈籠付本殿。
イメージ 6
馬頭観音。
イメージ 5
御神馬一対と石燈籠一対。
イメージ 3
イメージ 4
傷みは激しいですね。
イメージ 2
馬頭観音堂内。
イメージ 1
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 19
左八幡宮、右馬頭観世音。
イメージ 18
郷山前村は浪岡川と十川の合流点の東、梵珠山系の丘陵斜面にあります。
イメージ 17
吉野田村の南西佐渡から浪岡川までの広大な土地を江戸時代初期に江三枚萢といい、その北が下江三枚で郷山前の元の集落がありました。
イメージ 16
旧村社八幡宮は延宝6年(1678)、鈴木治右衛門勧請と伝えますが、工藤九平勧請説もあります。いずれも郷山前村の開祖と考えられている方。また、青森県神社庁HPによりますと、創建不詳で、村中で崇敬してきましたが、自然と信仰が衰微し社殿荒廃したものを延宝3年 (1675) 6月14日鈴木次右衛門が再建とあります。御祭神は譽田別尊。
イメージ 14
イメージ 15
享保12年(1727)、樽沢村分離の時に雨覆(さや堂)を村中で建立。
イメージ 12
イメージ 13
明治6年4月、吉野田八幡宮へ合祀されますが、明治8年2月復社。明治41年10月、幣殿、拝殿を新築し、御神体を勧請。
イメージ 10
イメージ 11
八幡宮から西の傾斜地をバンヂ屋敷といい、藩政中期頃にアイヌが住んでいたそうです。
イメージ 8
イメージ 9
馬頭観音。
イメージ 6
イメージ 7
郷山前村の馬頭観音は安永8年の建立で、同所にある地蔵尊と二十三夜塔は、幹が3本に分かれている御神木であった三本柳(野沢小学校校庭)と共に焼死した大蛇の供養塔との話を聞きましたが地蔵尊はなく、この馬頭観音のことかはわかりません。
イメージ 4
イメージ 5
二十三夜塔と岩木山三所大権現碑など。
イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
青森市浪岡大字下石川平野。
イメージ 2
イメージ 3
下石川村は梵珠山系の山麓にあり、浪岡村と原子村(現五所川原市)を結ぶ道に沿い、西北は高野村(現五所川原市)、南は吉野田村に接します。
イメージ 4
鳥居がぐにゃ。
イメージ 5
創建は不詳。
イメージ 6
イメージ 7
貞享4年検地水帳によりますと、熊野堂地6畝12歩が見えます。
イメージ 8
平野にある旧村社熊野宮の御祭神は伊弉諾命、伊弉冊命。
イメージ 9
イメージ 10
明治6年(1873)、高野村の広峯神社に合祀し、明治8年2月復社。明治9年12月村社。
イメージ 11
明治42年8月神饌幣帛料供進指定神社。
イメージ 12
イメージ 13
馬頭観音。
イメージ 14
イメージ 15
イメージ 3
イメージ 2

↑このページのトップヘ