くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (弘前市) > 寺・神社 (旧岩木町)

1
青森県弘前市大字高岡神馬野。隣接する「高岡の森 弘前藩歴史館」(休館日:毎月第3月曜日(その日が祝日の場合はその翌日)、年末年始(12月29日-1月3日)、展示替え期間中は臨時休館)の住所は弘前市大字高岡字獅子沢。
2
2.5
弘前藩4代藩主津軽信政を祭る高照神社には、信政の遺品や歴代藩主が奉納した絵馬、明治時代に旧藩士たちが納めた武具や刀剣類など、数多くの宝物が収蔵されていましたが、その宝物を収蔵公開していた「高照神社宝物殿」が老朽化したため、弘前の歴史や文化を伝える貴重な文化財を恒久的に保存し、展示活用することを目的に高岡の森弘前藩歴史館が計画されました。
3
3.5
平成22年度より調査事業を開始し、平成26年度用地取得、平成27年度現地建設着工、平成29年12月建築工事が竣工し、外構工事及び展示工事は平成30年2月に竣工しました。施設名称は平成29年7月に公募し、8月に審査を経て「高岡の森弘前藩歴史館」と決定しました。更に馬場(高照神社馬場跡)について、江戸時代に神馬奉納が行われた馬場の土塁などを復元。馬場の広さは、東西約156メートル、南北約15.6メートル。
4
かつての宝物殿については以前紹介しております。今回の宝物殿の内容については省略します。是非現地で見て頂きたいと思います。
5
5.5
なお、高照神社の由緒等についても以前の記事を参照ください。
6
以前の記事
7
7.5
拝殿内へ。
8
高照神社の拝殿内の絵馬は何度見ても立派です。
9
写真暗くてすいません。説明書きもあるので現地でじっくりご覧になって下さい。
10
10.5
時間内であれば自由に見ることができます。
11
11.5
獅子口。古く中国より伝来した伎楽面の一つ。眉も口髭も顎髭も彫刻されて盛り上がったり、それが、仏像の髪のようにうずをまいている。この獅子口は、獅子といってもライオンではなく、優しさ、慈悲深さの一面をそないている高麗犬との事。
12
小癋見(こべしみ)。一目見て印象的なのは、抽象的とも言える眉間の皺です。これは、きっと人間の一瞬の表情変化を眼でとらえ、的確に作ったように思います。作者の力量がそのまま面の力となってあらわれた好例でしょう。
13
小面(こおもて)。女性面の種類も色々あるが、可憐にして端正、小面は華やかさの中に年若い女性の初々しさが、表現されている。中世の最も若き美しさを秘めた代表的な面。
14
入口方面へ戻ります。
15
案内板。以前紹介しているので省略。
16
高照神社社殿(国指定重要文化財六棟)…『高照神社は、弘前藩四代藩主津軽信政の遺命によって吉川神道の思想に基づき建立され、信政自身が祀られています。社殿は岩木山麓に東西軸上に並んで配置されますが、吉川神道に基づいた社殿構成が当時のまま現存するのは、全国的にみて高照神社のみとなっています。』
17
17.5
小祠や忠魂碑などがある場所。なお、小祠には戦没者を祀っており、一人ひとりの名前の木札が納められています。
18
為信公三百年祭祀紀年碑(弘前市菓子商業會敬白)。明治39年9月5日建立。
19
19.5
忠魂碑(陸軍大将一戸兵衛書)。大正10年、帝國在郷軍人會岩木村分會建設。昭和28年10月再建。
20
こちらには日清・日露・大東亜戦役戦没者名(昭和28年10月5日、岩木村遺族會一同建立)、(昭和28年9月23日大浦遺族会建立)。
21
21.5
忠魂碑(大正7年9月28日、帝國在郷軍人會大浦村分會建立)。
22
忠魂碑統合記念碑「友よきかずや靖国の 杜のおくよりひびく声 おれの使命は果たしたぞ あとは君等にたのんだぞ」西條八十。昭和47年8月15日岩木町遺族会建立。
23
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ
 

イメージ 1
弘前市五代沼田。旧岩木町。古最勝院の五代(大)尊を安置していたことに因む地名。庄屋紋兵衛書上によりますと、地内に才兵衛地蔵、戦国末期勧請の五大堂、白山堂、蔵王権現堂などが見えます。
イメージ 2
五代尊は仏教における信仰対象であり、密教特有の尊格である明王のうち、中心的役割を担う5名の明王を組み合わせたもので、本来は別個の尊格として起こった明王たちが、中心となる不動明王を元にして配置されたもの。
イメージ 3
堂宇覆屋。
イメージ 4
堂宇。
イメージ 5
イメージ 6
不動明王尊。
イメージ 7
イメージ 8
案内板より…【近辺の人達から「ゴデショ」と親しまれてきているが、これは、「五代尊」が、「五代所」「ゴデショ」と訛ったものであり、当集落名もこれに由来して"五代"とされた。五代尊とは、真言宗の「不動」「降三世」(こうさんぜ)「軍茶利」(ぐんだり)「大威徳」「金剛夜叉」の五明王を言い、不動明王は大日如来の分身である。明王の中心をなし、降魔招福の仏とされて庶民に広く信仰されてきた。明王の形相が忿怒をなしているのは、教化し難い衆生を救うために如来が恐ろしい形相をしているからである。この地に不動明王が存するのは、津軽領内の真言宗を総轄する最勝院(現在、弘前市内五重塔のある地)が堀越よりこの地に遷ってきたことによるものであり、当不動明王尊は岩木町内に於いて極めて由緒あるものと言える。平成10年12月岩木町・岩木町教育委員会】
イメージ 9
イメージ 3
イメージ 2

イメージ 1
森山は津軽カントリークラブの横にある小さな山です。小森山(標高325m)と森山(標高403m)がありますが森山の方。
イメージ 2
ミズナラ、イタヤカエデなどを主とした夏緑広葉樹林となっており、また、カタクリ、シュンラン、ホタルカズラなどの群落があります。特にカタクリの花を見に来る方は多いようです。
イメージ 3
イメージ 4
林道を歩いて行きます。昔は聖なる地である岩木山への入山は大変厳しいものでした。その代わりにこの森山を小さな岩木山に見立てて登ったそうです。
イメージ 5
イメージ 6
森山中腹にはかつて守山神社があり、そこに参拝していたようです。現在は誰でも岩木山登山ができるようになったので、この森山を訪れる人はほとんどいなくなりました。後にスキー場としても利用されていたようですが、その痕跡は見当たりません。
イメージ 7
イメージ 8
林道なので道は綺麗に整備されており、軽装でも大丈夫な感じです。
イメージ 9
但し、森山付近は熊が多いらしいので、できれば複数で行きたいところです。
イメージ 10
イメージ 11
残念ながら今日は岩木山見えません。よって山頂までは行きません。頂上の眺望がどのような感じかはわかりませんが。とりあえず中腹にある守山神社跡が今回の目的。
イメージ 12
って言ってはみたものの、いきなり脇道を発見。ちょっと荒れてたし、熊が怖いのでこの道はパス。
イメージ 13
で、お次は三叉路。「どちらにしようかな、天の神様のいうとおり、へのへのもへじの柿の種、決ーまった!」。余談ですが、この選び歌と言われるものは地域性に限らず無数の歌詞が存在しているそうです。あなたの選び歌の歌詞はどんな感じ?(笑)
イメージ 14
話が逸れましたが右側に行ってみます。
イメージ 15
しばらく歩いてみましたが、どうやらこちらは山頂へのルートのようです。
イメージ 16
あぁ~神様~!
イメージ 17
ってことで先程の分岐まで引き返して左の道へ。
イメージ 18
少し歩いて…えっ!?行き止まり!!神様っ!!
イメージ 19
小さな木が1本あるだけですが、どことなく違和感のある空間です。
イメージ 20
周囲をよくみると不自然な石板がありました。特に文字などは見られません。
イメージ 21
イメージ 22
まるで礎石のようなこの石板は、よく見ると対になっており、かつてはここに何かがあったように思えます。
イメージ 23
イメージ 24
うん?横の森に道らしきものを発見。行ってみます。
イメージ 25
イメージ 26
15m程進むと…
イメージ 27
小祠発見!!
イメージ 28
イメージ 29
間違いなくここが守山神社の跡地です。神様ありがとう。
イメージ 30
守山神社。寛治5年という昔から、多くの方々がここに参拝していたと思うと感慨深いものがあります。
イメージ 31
岩木山神社参道に「奉崇守山三柱大神之碑」があります。それによりますと寛治5年(1091)の草創。弘前藩主崇敬の社となりて社領及社殿の建物等藩費をもって賄われました。明治6年に神社改正により岩木山神社に合祀。守山神社を管理する山田家では、毎年6月12日に岩木山神社で行われる守山祭の際に、森山に向かって遥拝されているそうです。
イメージ 32
空っぽの祠かと思っていたのですが、きちんと山神の神像が祀られていました。守山三柱大神とは大山祇神・久久野智神・草野姫神だったんですね。久久能智神は古事記の神産みで伊邪那岐命と伊邪那岐命の間に産まれ、その次に大山津見神、神鹿屋野比売神が産まれています。久久能智神は木の神、大山津見神は山の神、神鹿屋野比売神は野の神です。木・山・野を大切にしましょうね!ちなみに大山津見神と神鹿屋野比売神の間に4対8柱の神が産まれています。
イメージ 33
小祠の裏には大きな石碑があります。この石碑を読みたかったのです。読める状態で良かった。
イメージ 34
中央に「奉崇守山大神」とあります。右に「寛治五年草創」、左に紀年銘「明治24年舊6月12日祭行」、「催主山田稲城」とあります。
イメージ 35
イメージ 36
イメージ 37
裏側は特に何も彫られていません。
イメージ 38
小祠は木々に囲まれており、特に景色は見えません。
イメージ 39
イメージ 40
イメージ 3
イメージ 2

↑このページのトップヘ