くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 祭事・民俗信仰・伝統工芸

1
弘前エレクトリカルファンタジー。
2
記録的な暖冬のためイルミネーションもかなり微妙な感じ。
3
このように雪が少なくて困ることもありますが…やっぱり個人的には暖冬最高!
4
冬に咲くさくらライトアップ。一定時間でピンク→ピンク&ブルー→ブルーの光に切り替わっていました。
5
①雪がさくらの枝に着雪していること。②冷え込みすぎていないこと。③お堀が雪で真っ白になっていること。以上の条件が揃っていれば…
6
このように(下の写真)見えるそうです。
7
これから降るかも知れませんけどね。冬に咲くさくらライトアップは2月29日まで。
8
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ
 

1
ここは私が鳥居の鬼コの虜になったきっかけの神社なので、稲垣町の二柱神社(鬼コを救出した神社)と同じくらい思い入れが強いです。一瞬で私を虜にしたほどの個性的な鬼コがいるわけですが、今回は特別なものをお見せいたしますよ!!
2
社殿前石灯篭一対(明治16年)。
3
3.5
社殿前御神馬一対(昭和11年旧6月15日)。
4
4.5
社殿前狛犬一対(明治34年6月15日)。
5
5.5
かつての石川村。元和年中御家臣姓名大概の83騎の中に「二百石石川村勘助」と村名が記され、また寛永17年の津軽百助宛3代藩主津軽信義黒印知行宛行状にも当村名が見えます。永禄日記及び平山日記によりますと、慶長15年に始まった弘前城築城の際、関山・蔵館山とともに当村の山辺から普請用の材木を切り出しています。集落は羽州街道沿いに発達。慶安2年道筋帳によりますと、小道として当村の大道(羽州街道)より金ヶ崎村を経て三目内村へ至る道筋と、当村の大道より岩館村を経て東根小道(乳井道)へ至る道筋が記されており、それぞれ「石川大道より金ヶ崎村迄五町十間」「石川村大道より岩館村迄五町」と見えます。貞享2年に弘前城下から堀越村を経て当村へ至る羽州街道の道筋は往来差止めとなり、新たに小栗山村を経て当村へ抜ける道が作られています。寛文11年には村内の桔梗長根において足軽の鉄砲の稽古が行われており、同地は操練場となっていたと思われます。水利は主として平川から取水する十右衛門堰・亦右衛門堰を利用し村内8町1反余が両堰の恩恵を受けました。また平川から取水する法楽堰は当村と堀越村合わせて26町4反余に利用されました。村内の寺社として、貞享4年検地水帳では行人の立海坊がおり、正福院抱えの観音堂と毘沙門堂がありました。また、国誌によりますと、明治初年当時八幡宮と清浄庵(大仏院)があり、このうち八幡宮は字寺山に鎮座する当八幡宮です。御祭神は誉田別神で、相殿として明治6年に村内から遷座した熊野宮(伊弉諾尊・伊弉册尊)を祀っています。創建は天文3年7月1日。当初は十一面観音を祀っており、上石川村の信仰を集めてきましたが、後上石川下石川近郷の農民の安泰のため、熊野大権現を祀り信仰。当時の石川城主南部高信公も深く信仰しており、八幡館に八幡大菩薩宮を建立し、祈願所として年々金品を奉納。その後本社荒廃により文政11年4月8日、時の住職権大僧都法印玄眠熊野宮 (現八幡宮) に奉遷合祀、以来三山熊野宮と称しました。明治5年神佛混淆廃止となり、明治6年7月15日熊野宮と合祀して八幡宮と改称。昭和21年6月19日宗教法人令による八幡宮となり、昭和25年11月9日境内地譲与認可。
6
以前の記事も参照ください。
7
庚申塔(文化8辛未年6月14日)。
8
弘法大師。
9
新しい弘法大師像(昭和56年旧5月21日)。
10
10.5
その隣に古い弘法大師塔。
11
裏面に紀年銘(昭和11年旧9月21日)など。
12
両脇にはそれぞれ「不動尊」「善光寺」と刻まれています。
13
八幡宮碑(明治百年記念)。
14
獅子記念碑(昭和35年4月23日)。
15
旧額束(石製)。
16
神社入口付近にある竜神宮(白竜神)。
17
末社粟島様。以前は見えにくかったのですが、名称を記した札が新しくなっていますね。
18
浮御不動。
19
牛頭天王。
20
神明宮。
21
熊野宮。
22
御不動様。
23
薬師如来。
24
末社前狛犬一対(昭和15年旧8月28日・日支事変記念)。
25
25.5
末社前狛犬一対(昭和14年)。
26
26.5
末社前石灯篭一対(昭和11年8月)。
27
27.5
さて、お待たせしました。鳥居の鬼コに会いに行きましょう。
28
鬼コです。以前に比べて少し色褪せて、顔面右目から下への亀裂が深くなっていますね。
29
29.5
そして今回紹介する特別なものはこちらです…
30
えっ!?笑
31
実は現在の鬼コは三代目でして、二代目とのコラボです。なお、初代も現存しているとか。
32
せっかくなので二代目鬼コをじっくりと観察してみましょう。
33
造りはほぼ同じですね。
34
表情もほぼ同じです。
35
普段は見上げていますが、上目遣いの角度の方がキュートです。
36
この角度で見ると二段腹が凄いです笑
37
後ろ姿も同じでお尻がセクシーです。
38
鳥居にあるとわかりにくいのですが、真横から見ると上腕二頭筋・三角筋が凄いです。
39
更に真横から見ることで受け口としゃくれ具合がよくわかります。
40
鬼コの鳥居を設置方法は様々ですが、ここの鬼コは額束そのものになっているのがわかります。
41
しかも一木造りです。
42
42.5
つまり最初に両足裏を貫に差し込んでから、頭部に島木を設置しているのがわかります。
43
43.5
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ
 

1
「ひらかわイルミネーションプロムナード」
2
開催期間:2019.11.23-2020.2.15
3
弘南鉄道平賀駅前通りと中央公園を約70,000個のLED電球でライトアップ
4
4.5
台湾提灯。
5
5.5
弘南鉄道平賀駅前です。
6
台湾「台中市」の提灯。約400個。
7
こちらは中央公園。
8
8.4
8.8
結構人がいました。
9
9.5
雪が積もると、また違う雰囲気かも。
10
10.2
10.4
10.8
寒くて震えております。
11
11.5
(((´゚ω゚`)))ガタガタ
12
暖かい服装で行きましょう!
13
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ
 

1
青森県平川市柏木町柳田。鬼コのいる神社。
2
久々にここの鬼コを拝みに行ったのですが…
3
銀杏強烈!無理無理。
4
食べるのは好きですが、匂いは苦手です。ってことで入口で退散。
5
君たちは平気なのね。
6
過去の記事
7
7.5
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ
 

1
秋田県鹿角市花輪上花輪。谷地田町地区。谷地田町二区には、花輪総鎮守の幸稲荷神社(市街地から3km以上離れた皮投岳の麓に鎮座)の御神体を安置するための御旅所があります。御旅所についてはいつから谷地田町のこの場所に存在したかは不明のようですが、当初は沢小路付近にあり、水害のために後に現在地に移転させたと伝えられているそうです。
2
ちなみにこちらの写真は鹿角市歴史民俗資料館で見せて頂いた大正5年の花輪町真景図の一部です。
3
ここが沢小路付近になるのかはわかりませんが、確かにその辺りに「郷社御休殿」とあります。ちょうど幸稲荷神社と赤鳥居の中間地点です。
4
但し、こちらの花輪町真景図では、現在の幸稲荷神社御旅所の場所にも既に「御休殿」の文字が見てとれます。つまり少なくとも大正5年の時点では御休殿が2ヶ所存在しています。
5
幸稲荷(さきわいいなり)神社御旅所(おたびしょ)…『幸稲荷神社本社は東方2kmに在り、毎年8月16日に幸稲荷神社本社より神輿渡御が行なわれ、町内を巡行し、この御旅所に神輿が安置される。8月19日・20日の2日間、夜を徹して行われる郷土芸能「花輪ばやし」<県無形民俗文化財>は祭礼ばやしとして行なわれる奉納行事である。花輪ばやしの屋台巡行は「御旅所詰め」から始まる。19日夕刻5時半、のろしを合図に御旅所へ集まり、神事を行なったあと、鹿角花輪駅をめざす。御旅所の創建は不明であるが記録によれば、安永7年(1778)に建物が大破し再建されている。万延元年(1860)8月に、南部藩主利綱が鹿角地方を巡視した際、御旅所に立ち寄り参詣している。』
6
手水舎。
7
石祠。
8
稲荷様のようです。
9
こちらも稲荷様のようです。上部には隅立井筒の家紋のようなものが彫られています。
10
石灯籠一対(明治25年7月20日)。
11
11.5
御旅所。
12
社殿。
13
社殿内。
14
こちらは幸稲荷神社御旅所の東方、やや離れた場所(荒屋敷八幡神社付近)にあった標柱「参道入口」です。
15
横面には「正一位幸稲荷神社 駒形神社 大山神社 三倉神社 青柳神社」とあります。
16
ここから結構離れていますけどね。
17
眺望。花輪館跡地で、正面は花輪館の南舘付近。本丸跡は鹿角市立花輪小学校のグラウンド。
18
以下関連記事
19
 にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ

↑このページのトップヘ