くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (弘前市)

何度か紹介していますので由緒等は下記のリンクを参照ください。 松尾神社横の稲荷神社社殿と鎮守の杜が無くなったので、かなりすっきりしています。 以前は鬱蒼としておりました。 まるで別の神社のようです。 何ができるんだろう。 何度も訪れていますが、あれから住 ...

弘前市撫牛子。撫牛子村は弘前城下から浪岡村・油川村を経て青森町へ至る羽州街道沿いに発達した村。県外の方は「撫牛子」が読めないと思います。「ないじょうし」と読みます。「子牛を撫でる」と読めることから様々な想像ができる地名ですが、残念ながらその由来はわかって ...

出間館的写真からスタート。何度も紹介しているので最勝院の由緒等詳細は以前の記事なども参照ください。今回は石碑・記念碑メイン。 仁王門前のエドヒガン(保存樹木・平成9年6月23日指定)。 『エドヒガンは、桜の代表的な品種であるソメイヨシノの片親で、シダレザクラ ...

人のいない禅林街を散歩。弘前上空がこんな感じだった日です(写真はイメージ)。見ていましたが写真は撮っていません。 茂森町から茂森町桝形を通り黒門へ向かいます。茂森町桝形前から長勝寺構史跡指定範囲です。茂森町桝形付近には歩兵第三十一聯隊将校集会所や茂森会 ...

宗徳寺の由緒や、石田三成次男の石田重成(杉山源吾)の墓(豊臣成範)などについては以前の記事を参照ください。 以前の記事『太平山 長勝寺 vol.1 ・ 耕春山 宗徳寺 (弘前市)』 関連記事『杉山屋敷跡 (板柳町)』再訪記事『宗徳寺 (弘前市)』 五重塔と稲荷宮(稲荷 ...

弘前市の春といったら… そう!弘前天満宮梅まつりだよね! 社務所前ではお茶や和菓子をいただけますし! 訪れたのは4月22日だったかな。私の記憶に間違いがなければ弘前さくらまつり開会式の翌日。 土塁。 関連記事 『弘前天満宮 (弘前市西茂森)』 『天満宮 (シダ ...

最勝院を訪れた際、意外に知られていなかったこの水屋の蘊蓄を語るのが、私の楽しみの一つだったのですが、残念なことに現在は立派な解説文が設置されています笑 それだけ説明し甲斐のある水屋であるということは、下記でわかるかと思います。 最勝院水屋の解説…『當院の ...

こちらは少し離れた場所(住所は湯口。黒滝と湯口の境。)にあった鳥居。 川沿いに下った場所にあるので、かなり気付きにくい場所です。 野崎観音堂。 御祭神は勢至菩薩。 小祠は不動明王。 文化5年(1808)・文化8年(1811)の庚申塔などもありました。 ...

新寺町をブラブラして弘高前へ。ちなみに弘前では「ひろこう」といえば弘前高校です。校歌でも「ひろこう」と歌詞に出てきますし、弘高ねぷた(ひろこうねぷた)と言いますし、弘高下(ひろこうした)駅もあります。ところが弘前工業高校ができてからは紛らわしくなったため ...

参道及び社号標。社号標紀年銘「明治41年6月15日」。 由緒等は以前の記事も参照ください。 『熊野宮 & 樋の口 (弘前市)』 文明の頃(1469年)如来瀬の地より湯口佐内坂桃村(現常磐坂)に転社し応仁の大乱を承け、久しく類廃し神主も煩心して上都しありしが、津軽藩祖 ...

清々しい天気だったので久渡寺山に登ってきました。 今回のルートは王道のコース(1.5km)です。 もちろん、こどもの森売店にてラーメン&こんにゃくを食べてから向かいます。 正面石段。 石段は登らずに左の学習植物園・ビジターセンターの方へ向かいます。 鳥居 ...

弘前市大沢堂ケ平。以前、桂清水と御茶水を訪れた際の記事を調べてみたら2011年だったので久々の訪問です。今回は桂清水のみ。 堂ケ平桂清水…『鎌倉時代初期、この地方に大きな勢力を誇った熊野系修験の福王寺跡とされているところで、藩政期には金光山市応寺が置かれ一大 ...

八坂神社を訪れる機会があったので境内をブラブラ。 写真はボロ携帯にて失礼。 社号標「八坂大神社」(明治37年6月13日)。よく見たら八坂大神社。何度も訪れているのに新しい発見ってあるものですね。 以前の記事『八坂神社 (弘前市)』 御神馬一体(昭和11年6月13日 ...

弘前市南富田町の金山神社。 御祭神は金山比古神、金山比売神。 以前の記事…『金山神社 (弘前市富田町)』 社殿内。以前あった掛け軸と神額がなくなっていました。どこかにあるんでしょうけど。 社号標裏面「昭和18年旧5月12日・三浦寅吉」。 狛犬一対。 三洲豊川 ...

社号標(明治33年4月10日)。 同地区の産土神。 鳥居が新しくなりました。 石灯篭一対。 紀年銘は昭和30年7月10日。 富田稲荷神社の創立年は不詳。本殿奉斎神鏡に安政7年正月吉日と銘記あり、安永以前に勧請された神社と考えられます。 由緒等は以前の記事も参照くだ ...

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