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弘前大学文京キャンパス内人文社会科学部の中庭。
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2.5
旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑「虚空に羽ばたき碑」の紹介。
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三基並んで建立されています。他の二基は旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑と永澤誠蔵先生頌徳碑です。平成元年8月、弘前市制100周年に合わせ「旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑」と「旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑」及び「永澤誠蔵先生頌徳碑」の三基が、現在の人文社会科学部の中庭に移設されました。その後、旧制弘前高等学校同窓会の寄附により中庭の環境整備が行われました。
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三基の石碑の中で一番大きな碑が「虚空に羽ばたき碑」。昭和35年(1960)5月、旧制弘前高等学校創立40周年を記念し、旧北溟寮(概ね現在の教育学部の位置)北側の通用門脇(正確には最も北西の老桜の脇、弘高時代の野球場バックネット裏)に、同窓会によって建立されました。碑文として第七代校長龍山義亮先生の揮毫による旧制弘前高等学校校歌1番の出だしの一節が刻まれています。
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大正9年(1920)11月、官立弘前高等学校が設立され、初代校長に鹿児島県立第一中学校校長であった秋田實先生が任ぜられました。秋田校長は仙台の旧制第二高等学校から東京帝国大学に進み、支那哲学を学び、漢籍に造詣が深い方でした。そこで、雄志を抱いて学ぶ弘高生を、『荘子』冒頭の「逍遙遊篇第一」にでてくる「北溟(北の果ての海)で育った鯤(コン)という魚(鯤には魚の子の意もあり)が、鳥と化して南を圖り飛び立つ」大鵬になぞらえ、時空を超えて世界に羽ばたく人間になれと希求しました。更に秋田校長は、第二高校の先輩で、『荒城の月』で有名な土井晩翠に弘前高校の校歌の作詞を依頼。土井晩翠は秋田校長の「南を圖って飛び立つ大鵬」に託した趣旨を理解し、「虚空に羽ばたき南を圖る」で始まる歌詞を書き上げました。ちなみに、旧制弘前高校、弘前大学の北溟寮命名の由来も、『荘子』「逍遙遊篇」の大鵬寓話によるものです。
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